さを體驗することなり。われは此|術《すべ》を善くすれども、かゝる術の常として、報《むくい》なくては演ずべきにあらず。わが此詞は果して座客をして耳を※[#「奇+攴」、第3水準1−85−9]《そばだ》てしめ、人々は爭ひ進みて、願はくはその奇術を見ることを得んと云へり。我は側なる卓《つくゑ》を指ざして、報《むくい》せんと思ふ方々《かた/″\》は、金錢にもせよ珠玉首飾の類にもせよ、此上に出し給へと云ひぬ。婦人の一人は戲《たはむれ》に、さらば我はこの黄金《こがね》の鎖を置かんと云ひて、言ふところの品を卓上に擲《なげう》てり。一男子は笑ひつゝ、さらば我は骨牌《かるた》の爲めに帶び來れる此金殘らずを置かんと云ひて、その財嚢《ざいなう》を擲《なげう》てり。われ。人々よ、我詞は戲言《ざれごと》にあらず、人々は再び其品を得給ふまじといふに、滿座の客は、さもあらばあれ君が奇術こそ見まほしけれと、金銀、指環、鎖の類を堆《うづたか》く卓上に積みたり。軍服着たる一老人、若しその奇術奇ならざるときは、われは我が「ヅカアチイ」二個(約三圓三十八錢)を取り返すことを得んかといひしに、ポツジヨ[#「ポツジヨ」に傍線]は
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