熏浮ォ布を覆《おほ》へり。水の上なる柩《ひつぎ》とやいふべき。拿破里《ナポリ》の水は岸に近づきても猶藍いろなるに、こゝは漸く變じて汚れたる緑となれり。偶※[#二の字点、1−2−22]《たま/\》一島の傍を過ぐるに、その家々は或は直ちに水面《みのも》より起れる如く、或は廢《すた》れたる舟の上に立てる如し。最も高き石壁の頂に、幼き耶蘇《やそ》を抱ける聖母《マドンナ》の御像《みざう》ありて、この荒涼なる天地を眺め居給ふ。水の淺きところは、別に一種の鴨緑《あふりよく》色をなして、一面深き淵に接し、一面は黒き泥土の島に接す。日は明《あか》くヱネチア[#「ヱネチア」に二重傍線]の市《まち》を照して、寺々の鐘は皆鳴り響けり。されど街衢《がいく》は闃《げき》として人影なきに似たり。船渠《せんきよ》を覗へば、只だ一舟の横《よこたは》れるありて、こゝにも人を見ざりき。
我は身を彼水上の柩《ひつぎ》に托して、水の衢《ちまた》に入りぬ。樓屋軒をならべて石階の裾《すそ》は直ちに水面に達し、復た犬ばしり程の土をだに着けず。家々の穹窿門《きゆうりゆうもん》は水に架して橋梁の如く、中庭は大なる井の如し。この中庭には
前へ
次へ
全674ページ中573ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
アンデルセン ハンス・クリスチャン の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング