れはいたく感動して、覺えず歩み退《しりぞ》くこと二三歩なりき。嗚呼、嘗て一たび我性命を救ひ、我に拿破里に至る盤纏《ろよう》を給せしフルヰア[#「フルヰア」に傍線]は、今此梟木の上より我と相見るなり。この藍色なる唇は、曾て我額に觸れしことあり。この物言はざる口は、曾て我に未來の運命を語りしことあり。汝は我福祉を預言したり。汝の猛き鷲は日邊に到らずして其翼を折《くじ》けり、世のまがつみと戰ひてネミ[#「ネミ」に二重傍線]の湖に沈みたり。われは涙を灑《そゝ》いでフルヰア[#「フルヰア」に傍線]の名を呼び、盤散《はんさん》として閭門《りよもん》の外なる街道に歩み旋《かへ》りぬ。
 翌朝ネピ[#「ネピ」に二重傍線]を發してテルニイ[#「テルニイ」に二重傍線]に抵《いた》りぬ。こは伊太利|疆内《きやうない》にて最も美しく最も大なる瀑布ある處なり。われは案内者《あないじや》と共に、騎して市を出で、暗く茂れる橄欖《オリワ》の林に入りぬ。濕《うるほ》ひたる雲は山巓《さんてん》に棚引けり。我は羅馬以北の景を看て、その概《おほむ》ね皆陰鬱なるに驚きぬ。大澤《たいたく》の畔の如くならず、テルラチナ[#「テル
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