ネがら》へたらばいかに嬉しとおもふらんものを。われ。何とか言ふ。ドメニカ[#「ドメニカ」に傍線]は最早世にあらずとか。童。地の下に埋めてより、既に半年になりぬ。病みしは僅に二日ばかりなりしが、その間アントニオ[#「アントニオ」に傍線]、アントニオ[#「アントニオ」に傍線]とのみ呼び續け候ひぬ。わがかく檀那の御名《おんな》をいふを無禮《なめ》しとおもひ給ふな。母は唯一目アントニオ[#「アントニオ」に傍線]を見て死なんといひき。今宵はとおもはれし日の午過《ひるす》ぎて、われは羅馬の御館《みたち》に參りしに、檀那はチヲリ[#「チヲリ」に二重傍線]に往き給ひし後なりき。歸りて見れば、母は息絶えたり。言ひ畢《をは》りて、ピエトロ[#「ピエトロ」に傍線]は手もて面を掩《おほ》ひぬ。
ピエトロ[#「ピエトロ」に傍線]が物語は、句ごとに言《ことば》ごとに、我胸を刺す如くなりき。恩情母に等しきドメニカ[#「ドメニカ」に傍線]が、死に垂《なんな》んとして我名を呼びしとき、我は避暑の遊をなして、心のどかに日を暮しつ。媼の餘命いくばくもあらぬをば、われ爭《いか》でか知らざらん。何故に我はチヲリ[#「チヲリ」
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