見たり。この教育の六年の間、猶書かまほしき事なきにあらねど、今より顧みれば、皆流れて毒水一滴となり了《をは》んぬ。こは門地なく金錢なき才子の常に仰ぎ常に服するところのものにして、此毒水は此類の才子の爲には、人の呼吸するに慣れたる空氣に異ならずともいふべきならん。
 われは「アバテ」となりぬ。われは又即興詩人として名を羅馬人の間に知られぬ。そは「チベリナ」學士會院(アカデミア、チベリナ)の演壇の、我が上りて詩稾《しかう》を讀み、又即興詩を吟ずることを許しゝがためなり。されどフランチエスカ[#「フランチエスカ」に傍線]の君は、會院の吟誦には喝采を得ざるものなしといふをもて、わが自負の心を抑へ給へり。
 ハツバス・ダアダア[#「ハツバス・ダアダア」に傍線]は會院中の最も名高き人なり。その名の最も高きは、その演説し著述することの最も多きがためなり。院内の人々は一人としてハツバス・ダアダア[#「ハツバス・ダアダア」に傍線]の※[#「こざとへん+匚<夾」、119−上17]陋《けふろう》にして友を排し、褒貶《はうへん》並に過《あやま》てるを知らざるものなし。されど人々は猶この翁の籍を會院に掲ぐるを
前へ 次へ
全674ページ中513ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
アンデルセン ハンス・クリスチャン の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング