骭G《くま》なき爲合《しあはせ》なりき。これよりはその時のさまを樂しき夢に見んとぞおもふ。便《びん》なきアントニオ[#「アントニオ」に傍線]よと語りもあへず、ジエンナロ[#「ジエンナロ」に傍線]はおのが臥房《ふしど》に跳り入りぬ。
たつまき
僧堂を辭し去る朝《あした》、大空は灰色の紗《うすぎぬ》を被せたる如くなりき。岸には腕たしかなる漕手《こぎて》幾人か待ち受け居て、一行を舟に上らしめたり。纔《ともづな》を解きてカプリ[#「カプリ」に二重傍線]に向ふ程に、天を覆ひたりし紗は次第に斷《ちぎ》れて輕雲となり、大氣は見渡す限澄み透りて、水面には一波の起るをだに認めず。美しきアマルフイイ[#「アマルフイイ」に二重傍線]は巖のあなたに隱れぬ。ジエンナロ[#「ジエンナロ」に傍線]は後《しりへ》を指ざして、かしこにてはわれ薔薇を摘み得たりと云ふ。われは頷《うなづ》きて、心の中にはこの男の強顏《きやうがん》なることよ、まことは刺《はり》に觸れて自ら傷けしものをとおもひぬ。
舟のゆくては杳茫《えうばう》たる蒼海にして、その抵《いた》る所はシチリア[#「シチリア」に二重傍線]の島なり、あらず
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