[#「ペスツム」に二重傍線]は宿るべき家もなく、こゝよりかしこへの道は賊などの出沒することもありと聞えければ、翌日《あくるひ》まだ暗きに一行は車に上りぬ。騎馬の憲兵は護衞として車の傍に隨へり。
 道の左右には柑子《かうじ》の林ありて、その鬱茂せる状《さま》は深山《みやま》の森にも似たるべし。セラ[#「セラ」に二重傍線]の流を渡るときは、垂柳|月桂《ラウレオ》の澄める水の面に影を倒せるを見き。荒蕪せる丘陵の間、時に穀《たなつもの》の長ぜる田圃あり。道に沿ひて蘆薈《ろくわい》霸王樹《サボテン》など野生したるが、皆ところ得がほに延び育ちたり。
 既にして一行は一古祠の前に立てり。即ち二千年前の建立《こんりふ》にして、その樣式|希臘《ギリシア》時代の粹と稱せらる。この祠、見苦しき酒店一軒、貧しげなる人家三棟、籘《とう》もて作れる小屋三つ四つ。是れ世界に名高きペスツム[#「ペスツム」に二重傍線]の村なり。いにしへは此村|薔薇《さうび》に名あり。見渡す限り紅《くれなゐ》の霞に掩《おほ》はれたりし由《よし》物に見えたれども、今は一株をだに留めず。身邊|渾《すべ》て是れ緑にして、其色遙に山嶽に連《つ
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