tには候はずやと云へば、夫人、見よ、雲は今「フエリチツシイマ、ノツテ」(幸ある夜を祈る)を言ふ時ぞ、と山嶽の方を指ざし給ふ。橄欖《オリワ》の林に隱顯せる富人の別業《べつげふ》の邊よりは※[#「二点しんにょう+向」、第3水準1−92−55]《はるか》に高く、二塔の巓を摩する古城よりは又※[#「二点しんにょう+向」、第3水準1−92−55]に低く、一叢《ひとむら》の雲は山腹に棚引きたり。われ。彼雲の中に棲《す》みて、大海の潮《しほ》の漲落《みちひ》を觀ばや。夫人。さなり。かしこに住みて即興詩を吟ぜよ。唯だ聽くものなきが恨なるべし。われ。のたまふ如く、其恨は思ひ棄て難し。詩人の喝采を受くるは草木の日光を受くると同じ。囹圄《ひとや》のタツソオ[#「タツソオ」に傍線]が身を害《そこな》ひしは、獨り戀路の關を据ゑられしが爲めのみにあらず。その詩の爲めに知音《ちいん》を得ざるを恨みしが爲めなり。夫人。われは今おん身が上を語れり。タツソオ[#「タツソオ」に傍線]が事を言はず。われ。タツソオ[#「タツソオ」に傍線]は詩人なり。されば好き例《ためし》と思ひて引き出でしまでに候ふ。夫人。アントニオ[#「アン
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