ノなりて、四邊《あたり》のものごとの我を樂ましむる由を語りしに、夫人は我手を引き寄せて我と目と目を見合せたり。その目《ま》なざしは人の心の奧深く穿《うが》ち透すものゝ如くなりき。夫人は現《げ》に美しき女なりき。又此時は常にも増して美しく見えたり。その頬は薄紅に匂へり。形好くつやゝかなる額際より、平に後《うしろ》ざまに櫛けづりたる黒髮は、ゆたかなる波打ちて背後《うしろ》に垂れたり。譬へば古のフイヂアス[#「フイヂアス」に傍線]ならではえ作るまじきユノ[#「ユノ」に傍線]の姿にも似たるなるべし。夫人。されば君は世のために生存《ながら》へ給ふべき人なり、世の寶なり、幾百萬の人をか喜ばせ樂ませ給ふらん。ゆめ一人の人になその尊き身を私《わたくし》せしめ給ひそ。世の中の人、誰かおん身を戀ひ慕はざらん。おん身の才、おん身の藝は、いかなる頑《かたくな》なる人の心をも挫《くじ》きつべし。斯く云ひつゝ、夫人は我を引きて、其|長椅《ヂワノ》の縁に坐《こしか》けさせ、さて詞を繼ぎて云ふやう。猶改めておん身に語るべき事こそあれ。疇昔《さき》の日おん身が物思はしげに打沈みてのみ居給ひしとき、拙《つたな》き身のそを
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