ニ》めざりし人と、ゆくりなく浮名立てらるゝときは、その人はそもいかなる人にかと疑ふより、これに心付くるやうになり、心付けて見るに隨ひて、美しくもおもはれ慕はしくもおもはるゝことありと聞く。我が夫人に於けるも亦これに似たるなるべし。前《さき》の事ありしより、我が夫人を見る目は昔に同じからで、その豐《ゆたか》なる肌、媚《こび》ある振舞の胸騷《むなさわぎ》の種となりそめしぞうたてき。
我がナポリ[#「ナポリ」に二重傍線]に來てより早や二月とはなりぬ。次の日曜日はわが「サン、カルロ」の大劇場に出づべき期《ご》なり。其日の興行はセヰルラ[#「セヰルラ」に二重傍線]の剃手《とこや》にて、その末折《まつせつ》の終りてより、我即興詩は始まるべしとぞ掟《おき》てられし。番付《ばんづけ》には流石《さすが》にわが實《まこと》の苗字《めうじ》をしるさんことの恥かしくて、假にチエンチイ[#「チエンチイ」に傍線]と名告《なの》りたり。この運命の定まるべき日の、切《せち》に待たるゝと共に、あるときは其成功の覺束《おぼつか》なき心地せられて、熱病む人の如くなることあり。けふも博士の家をおとづれたれど、われは人々の背
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