烽らず。想へ汝、かゝる地獄めぐりをこそダンテ[#「ダンテ」に傍線]は書くべかりしなれ。
忽ち傍なる家より一人の翁馳せ出でゝ、我馬の前に立ち迎へ、我を拜むこと法皇を拜むに異ならず。貴き君よ、我命の親なる君よ。再び君と相見る今日《けふ》は、そも/\いかなる吉日ぞ。このハノホ[#「ハノホ」に傍線]老いたれども、恩義を忘れぬほどの記憶はありとおぼされよ。かく語りつゞけて、末にはいかなる事をか言ひけん、悉くは解《げ》せず、又解したるをも今は忘れたれば甲斐なし。これ去《い》ぬる夜惡少年の杖を跳り越ゆべかりし翁なり。翁は我手の尖《さき》に接吻し、我衣の裾に接吻していふやう。かしこなるは我|破屋《あばらや》なり。されど鴨居《かもゐ》のいと低くて君が如き貴人を入らしむべきならぬを奈何せん。かく言ひては拜み、拜みては言ふ隙に、近きわたりの物共は、我等二人のまはりに集ひ、あからめもせず打ち守りたる、そのうるさゝにえ堪へず、我は早や馬を進めんとしたり。この時ふと仰ぎ見れば、翁が家の樓上よりさし覗きたる少女あり。色好なる我すらかゝる女子を見しことなし。大理石もて刻めるアフロヂテ[#「アフロヂテ」に傍線]の神
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