サの詩に史上の事實を矯《た》め、聞くに堪へざる平字の連用をなしたるなど、皆|笞《むちう》ち懲《こら》すべき科《とが》なるを。我はまことに甚しき不快を覺えき。かゝる事に逢ふごとに、我は健康をさへ害せられんとす。ベルナルドオ[#「ベルナルドオ」に傍線]のこわつぱ奴《め》。ハツバス・ダアダア[#「ハツバス・ダアダア」に傍線]が批評は大抵此の如くなりき。
 學校の中、ベルナルドオ[#「ベルナルドオ」に傍線]が去りしを惜まざるものなかりき。されどその惜むことの最も深きは我なりき。身のめぐりは遽《にはか》に寂しくなりぬ。書を讀みても物足らぬ心地して、胸の中には遺るに由なき悶《もだえ》を覺えき。さて如何《いかに》してこれを散ずべき。唯だ音樂あるのみ。我生活我願望はこれを樂の裡《うち》に求むるとき、始めて殘るところなく明《あきらか》なる如くなりき。こゝを思へば、詩には猶飽き足らぬところあり。ダンテ[#「ダンテ」に傍線]が雄篇にも猶我心を充たすに足らざるところあり。詩は我《わが》魂《こん》を動せども、樂はわが魂と共に、わが耳によりてわが魄《はく》を動《うごか》せり。夕されば我窓の外に、一群の小兒來て、聖
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