スらん。われはさる説法のためにこゝに來しにはあらず。われは市長《ボデスタ》一家の使節なり。おん身の伺候を懈《おこた》ること三日なりしは、ロオザ[#「ロオザ」に傍線]に聞きつ。何といふ亡状《ぶじやう》ぞや。疾《と》く往きて荊《いばら》を負ひて罪を謝せよ。但し懈怠《けたい》の申譯もあらば聽くべし。われ。此二日三日は不快の爲めに門を出ざりき。友。そは拙《つたな》き申譯なり。他人は知らず、我はそを諾《うべな》はざるべし。さきの夜|樂劇《オペラ》に往きしは何人なりけん。しかも劇場は、かの頻りに艷種《つやだね》の主人公たりしアウレリア[#「アウレリア」に傍線]が出づる劇場なりしならずや。されどおん身もかゝる路傍の花の爲めに頭《つむり》を痛めしにはあらじ。兎まれ角まれ、けふの午餉《ひるげ》にはおん身を市長の家に伴ひ行かでは、我責務の果し難きを奈何せん。われ。今は包み隱さで告ぐべし。わが暫く市長を訪はざりしは、世のさかしらの厭はしければなり、市長の娘の美くて、カラブリア[#「カラブリア」に二重傍線]に廣き地所を持てるを、わが彼家に出入する目的物なるやうに言ひ做《な》すものあればなり。友。其噂は珍らしからず。カラブリア[#「カラブリア」に二重傍線]の地所は知らず、マリア[#「マリア」に傍線]が美しきは人も我も認むるところにて、おん身がその崇拜者の一人なるをば、われとても疑はざるものを。われ。崇拜とは過ぎたり。むかし我が愛せし盲《めしひ》の子に姿貌《すがたかたち》の似たればこそ、われはマリア[#「マリア」に傍線]に心を牽《ひ》かれしなれ。友。マリア[#「マリア」に傍線]が目も拿破里《ナポリ》なるをぢの治療にて、始て開《あ》きしものと聞けば、盲ひたる子に似たりといはんも、その由なきにあらねど、我には別に解釋あり。戀は固《もと》より盲なるものなり。その戀の神なるアモオル[#「アモオル」に傍線]をこそ、むかしおん身は見つるならめ。今おん身の心のマリア[#「マリア」に傍線]に惹かるゝは、戀の神の所爲なれば、人の噂は遠からず事實となりて現るゝならん。われ。否、マリア[#「マリア」に傍線]はさて置き、何人をも我は終身|娶《めと》らざるべし。友。そは又|輒《たやす》くは信じ難き豫言なり、おん身にふさはしからで我にふさはしかるべき豫言なり。好し、さらばわれ君と誓はん。おん身若し我に先《さきだ》ちて妻を
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