tのこゝろづかひのために、こゝには訪《おとづ》れ來ぬるなり。をぢは聲振り立てゝいふやう。この孤《みなしご》の族《うから》にて世にあるものは、今われひとりなり。孤をばわれ引き取りて世話すべし。その代りには、此家に殘りたる物悉くわが方へ受け收むべし。かの盾銀二十は勿論なりといふ。マリウチア[#「マリウチア」に傍線]は臆面せぬ女なれば、進み出でゝ、おのれフラア・マルチノ[#「フラア・マルチノ」に傍線]其餘の人々とこゝの始末をば油斷なく取り行ふべければ、おのが一身をだにもてあましたる乞丐《かたゐ》の益なきこと言はんより、疾く歸れといふ。フエデリゴ[#「フエデリゴ」に傍線]は席を立ちぬ。マリウチア[#「マリウチア」に傍線]とペツポ[#「ペツポ」に傍線]のをぢとは、跡に殘りてはしたなく言ひ罵り、いづれも多少の利慾を離れざる、きたなき爭をなしたり。マリウチア[#「マリウチア」に傍線]のいふやう。この兒をさほど欲《ほ》しと思はゞ、直に連れて歸りても好し。若し肋《あばら》二三本打ち折りて、おなじやうなる畸形《かたは》となし、往來《ゆきゝ》の人の袖に縋らせんとならば、それも好し。盾銀二十枚をば、われこゝに持ち居れば、フラア・マルチノ[#「フラア・マルチノ」に傍線]の來給ふまで、決して他人に渡さじといふ。ペツポ[#「ペツポ」に傍線]怒りて、頑《かたくな》なる女かな、この木履もてそちが頭に、ピアツツア、デル、ポヽロ[#「ピアツツア、デル、ポヽロ」に二重傍線]の通衢《おほぢ》のやうなる穴を穿《あ》けんと叫びぬ。われは二人が間に立ちて、泣き居たるに、マリウチア[#「マリウチア」に傍線]は我を推しやり、をぢは我を引き寄せたり。をぢのいふやう。唯だ我に隨ひ來よ。我を頼めよ。この負擔だに我方にあらば、その報酬も受けらるべし。羅馬の裁判所に公平なる沙汰なからんや。かく云ひつゝ、強ひて我を※[#「てへん+止」、第3水準1−84−71]《ひ》きて戸を出でたるに、こゝには襤褸《ぼろ》着たる童《わらべ》ありて、一頭の驢《うさぎうま》を牽《ひ》けり。をぢは遠きところに往くとき、又急ぐことあるときは、枯れたる足を、驢の兩脇にひたと押し付け、おのが身と驢と一つ體になりたるやうにし、例の木履のかはりに走らするが常なれば、けふもかく騎《の》りて來しなるべし。をぢは我をも驢背《ろはい》に抱き上げたるに、かの童は後より一鞭
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