tの美を討《たづ》ねて、その華麗を極めたる空《むな》しき殿堂を經※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]《へめぐ》り、おそろしき活《いき》地獄の圖ある鞠問所《きくもんじよ》を觀き。われは彼四面皆|塞《ふさが》りたる橋の、小舟通ふ溝渠の上に架せられたるを渡りぬ。是れ館より牢獄に往く道にして、名づけて歎息橋と曰ふとぞ。橋に接する處は即ち牢井《らうせい》なり。廊《わたどの》に點じたる燈火《ともしび》は僅かに狹き鐵格《てつがう》を穿ちて、最上層の獄《ひとや》を照し出せり。此層の如きは、これを下層に比するときは、猶晴やかなる房《へや》と稱すべきならん。濕《うるほ》ひて菌《きのこ》を生じたる床は、※[#「二点しんにょう+向」、第3水準1−92−55]《はるか》に溝渠の水面の下にあり。あはれ、此房の壁は幾何《いくばく》の人の歎息と叫喚とを聞きつる。われは慴然《せふぜん》として肌膚《きふ》の粟《あは》を生ずるを覺え、急に舟を呼んで薄赤いろなる古宮殿、獅子を刻める石柱の前を過ぎ、鹹澤《かんたく》の方に向ひぬ。舟の指すところは即ち所謂|岸區《リド》なりき。
 われは岸區に近づくとき、何物をか見し。ここには一の大いなる墓田ありき。外國人《とつくにびと》と新教徒とは、この水と水とに挾まれたる一帶の土の、殆ど時々刻々洗ひ去らるゝ状《さま》をなせる處に埋めらるゝなり。白き人骨は沙《いさご》の表に露《あらは》れて、これが爲めに哭《こく》するものは、只だ浪の音あるのみ。
 漁父の危きを冒して沖に出でたるとき、その妻そのいひなづけの妻などの、坐して夫の舟の歸るを待つは、此岸區なりといふ。颶風《ぐふう》の勢少しく挫《くじ》けたるとき、こゝに坐したる女子《をみなご》の、彼恢復せられたるエルザレム[#「エルザレム」に二重傍線]中の歌を歌ひ、耳を傾けて夫の聲のこれに應ずるや否やを覗《うかゞ》ひしこと幾度ぞ。さるをその懷《なつ》かしき夫の聲の終に應ずることなく、可憐の女子の獨り不言の海に對して口は復た歌ふこと能はず、目は空しく沙上の髑髏《されかうべ》を見、耳は徒らに岸打浪《きしうつなみ》の音を聞きて、暮色の漸く死せる古都を掩《おほ》ふを覺えしこと又幾度ぞ。
 この暗澹たる畫圖は我心目に上りて消えず、我情調はこれに一層の悲慘の色を添へんとせり。わが對するところの自然は、無常と歴劫《れきごふ》との觀を惹《ひ》き
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