鰲ャ《とこ》と見るべし。されどポムペイ[#「ポムペイ」に二重傍線]にありといふ床にも、かく美しき色あるはあらじ。このあした、風といふもの絶てなかりき。花の落着きたるさまは、重き寶石を据ゑたらむが如くなり。窓といふ窓よりは、大なる氈を垂れて石の壁を掩《おほ》ひたり。この氈も、花と葉とにて織りて、おほくは聖書に出でたる事蹟の圖を成したり。こゝには聖母と穉《をさな》き基督とを騎《の》せたる驢《うさぎうま》あり、ジユウゼツペ[#「ジユウゼツペ」に傍線]その口を取りたり。顏、手、足なんどをば、薔薇の花もて作りたり。こあらせいとう(マチオラ)の花、青き「アネモオネ」の花などにて、風に翻《ひるがへ》りたる衣を織り成せり。その冠を見れば、ネミ[#「ネミ」に二重傍線]の湖にて摘みたる白き睡蓮《ひつじぐさ》(ニユムフエア)の花なりき。かしこには尊きミケル[#「ミケル」に傍線]の毒龍と鬪へるあり。尊きロザリア[#「ロザリア」に傍線]は深碧なる地球の上に、薔薇の花を散らしたり。いづかたに向ひて見ても、花は我に聖書の事蹟を語れり。いづかたに向ひて見ても、人の面は我と同じく樂しげなり。美しき衣|着裝《きよそ》ひて、出張りたる窓に立てるは、山のあなたより來し異國人《ことくにびと》なるべし。街の側には、おのがじし飾り繕ひたる人の波打つ如く行くあり。街の曲り角にて、大なる噴井あるところに、母上は腰掛け給へり。我は水よりさしのぞきたるサチロ[#「サチロ」に傍線](羊脚の神)の神の頭《かうべ》の前に立てり。
日は烈しく照りたり。市中の鐘ことごとく鳴りはじめぬ。この時美しき花の氈を踏みて、祭の行列過ぐ。めでたき音樂、謳歌の聲は、その近づくを知らせたり。贄櫃《モンストランチア》の前には、兒《ちご》あまた提香爐《ひさげかうろ》を振り動かして歩めり。これに續きたるは、こゝらあたりの美しき少女を撰《え》り出でて、花の環を取らせたるなり。もろ肌ぬぎて、翼を負ひたる、あはれなる小兒等は、高卓《たかづくゑ》の前に立ちて、神の使の歌をうたひて、行列の來るを待てり。若人等は尖りたる帽の上に、聖母の像を印したる紐のひら/\としたるを付けたり。鎖に金銀の環を繋ぎて、頸に懸けたり。斜に肩に掛けたる、彩《いろど》りたる紐は、黒|天鵝絨《びろおど》の上衣に映じて美し。アルバノ[#「アルバノ」に二重傍線]、フラスカアチ[#「フラスカ
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