Nに似ざるを愧《は》づるのみ。今我目もて見るときは、君の心の淨さは、昔|穉《をさな》くて此御館に居給ひし日に殊ならず。(われはかく言ひて姫の手に接吻せり。)姫。その頃おん身の我を抱き給ひしこと、我が爲めに畫かきて賜はりしことをば、まだ忘れ侍らず。われ。おん身の其畫を看畢《みをは》りて、破《や》り棄て給ひしをも、われは忘れず。姫。そを憎しとおもひ給ひしや。われ。世の人は我胸中なる美しき繪の限を破り棄てぬれど、われはそれすら憎むことなし。
わが小尼公《アベヂツサ》に親む心は日にけに増さり行きぬ。われは世の人の皆我敵にして、唯だ小尼公のみ身方《みかた》なるを覺えき。
落飾
暑き二箇月の間は、館《たち》の人々チヲリ[#「チヲリ」に二重傍線]に遊び給ひぬ。わがその群に入ることを得つるは、恐らくは小尼公の緩頬《くわんけふ》に由れるなるべし。橄欖《オリワ》の茂き林、石走《いははし》る瀧津瀬《たきつせ》など、自然の豐かに美しき景色の我心を動すことは、嘗てテルラチナ[#「テルラチナ」に二重傍線]に來て始て海を觀つる時と殊なることなかりき。この山のたゝずまひ、この風の清く涼しきに、我は復たナポリ[#「ナポリ」に二重傍線]の夢を喚び起すことを得たり。我は羅馬《ロオマ》の塵多き衢《ちまた》、焦げたるカムパニア[#「カムパニア」に二重傍線]の野、汗流るゝ午景を背にせしを喜びて、人々の我を伴ひ給ひしを謝したり。
小尼公の侍女と共に驢《うさぎうま》に騎《の》りてチヲリ[#「チヲリ」に二重傍線]の谷間に遊び給ふときは、我はこれに隨ひ行くことを許されたり。姫は頗る自然を愛する情に富みて、我に些の寫生を試みしめ給ひぬ。荒漠たるカムパニア[#「カムパニア」に二重傍線]の野の盡くるところに、聖彼得《サン、ピエトロ》寺の塔の湧出したる、橄欖の林、葡萄の圃《はたけ》の緑いろ濃く山腹を覆ひたる、瀑布幾條か漲《みなぎり》り墮《お》つる巖の上にチヲリ[#「チヲリ」に二重傍線]の人家の簇《むらが》りたるなど、皆かつがつ我筆に上りしなり。
終の圖に筆を染むる時、姫の宣給《のたま》ふやう。かく麓より眺むれば、この落ちたぎつ水の勢は、早晩《いつか》巖石を穿ち碎き、押し流して、その上なる人家も底《そこひ》なき瀧壺に陷らずやと怖しく思はると宣給ふ。われ。まことに宜給ふ如し。されどそを憂へずして、彼家々に栖《す
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