Bだ一味の蜜を探らんが如くなるべし。こは老侯の喜び給ふところにあらざりしなり。家の常の賓客《まらうど》、その他われを愛すといふ人々には、おの/\その理想ありて、われを測るにその合理想《がふりさう》の尺度をもてす。人々いかでかわが成績に甘んずることを得ん。數學者はアントニオ[#「アントニオ」に傍線]あまりに空想に富みて、冷靜の資なしと云ひ、儒者はアントニオ[#「アントニオ」に傍線]の拉甸《ラテン》語に精《くは》しからざることよと云ひ、政治家は稠人《ちうじん》の前にありて、ことさらに我に問ふにわが知らざるところの政治上の事をもてし、われを苦めて自ら得たりとし、遊戲をもて性命とせる貴公子は、また我と馬相を論じて、わが馬を愛することの己れの身を愛するごとくならざるを怪み、貴族にして毒舌ある一婦人の、まことは人に超えたる智あるにあらずして、漫《みだ》りに批評に長ぜりと稱せられたるは、また我詩稿を刪潤《さんじゆん》せんと欲し、我に一枚づゝ寫して呈せんことを求めたり。その外、ハツバス・ダアダア[#「ハツバス・ダアダア」に傍線]の如く、むかし有望の少年たりしわが、今才盡き想涸れたるを歎ずるものあり、舞踏を善くする某《なにがし》の如く、わが舞場に出でゝ姿勢の美を闕《か》くを憾《うら》むものあり、文法に精しき某の如く、わが往々|讀《とう》に代ふるに句を以てするを難ずるものあり。就中《なかんづく》フランチエスカ[#「フランチエスカ」に傍線]の君は、もろ人の我を襃むるに過ぎて、わが慢心のこれがために長ずべきを惜むとて、毎《つね》に峻嚴と威儀とをもて我に臨まんとし給へり。おほよそ此等の毒は滴々《てき/\》我心上に落ち來りて、われは我心のこれが爲めに硬結すべきか、さらずば又これが爲めにその血を瀝《したゝ》らし盡すべきをおもひたりき。
 我心は一物に逢ふごとに、その高尚と美妙との方面よりして強く刺戟せられ深く悦懌《えつえき》す。われは獨り閑室に坐するとき、首《かうべ》を囘《めぐら》して彼の我師と稱するものを憶ふに、一種の奇異なる感の我を襲ひ來るに會ひぬ。世界は譬へば美しき少女《をとめ》の如し。その心その姿その粧《よそほひ》は、わが目を注ぎ心を傾くるところなり。さるを靴工は、彼の穿《は》ける靴を見よ、その身上第一の飾はこれぞと云ひ、縫匠《ほうしやう》は、否、彼の着たる衣を見よ、その裁ちざまの好きこ
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