ノ住みて、いまは用事ありて此カプリ[#「カプリ」に二重傍線]に來居《きゐ》たるなりといふ。第三日に至りて、醫師我を診して健康の全く故《もと》に復《かへ》りたるを告げ、己れも我等の一行と共に歸途に就きぬ。醫師の我を健全なりといふは、形體上より言へるにて、若し精神上より言はゞ、われは自ら我心の健全ならざるを覺えき。わが少壯の心は、かの含羞草《ねむりぐさ》といふものゝ葉と同じく萎《しぼ》み卷きて、曩《さき》に一たび死の境界に臨みてよりこのかた、死の天使の接吻の痕は、猶明かに我額の上に存せり。公子夫婦の我と醫師とを引き連れて舟に上り給ふとき、我は澄み渡れる海水を見下《みおろ》して、忽ち前日の事を憶ひ起し、激しく心を動したり。今日影のうらゝかに此積水の緑を照すを見るにつけても、我は永く此底に眠るべき身の、恙《つゝが》なくて又此天日の光に浴するを思ひ、涙の頬に流るゝを禁ずること能はざりき。人々は皆優しく我を慰めたり。フランチエスカ[#「フランチエスカ」に傍線]の君は我才を稱へ、我を呼びて詩人となし、醫師に我が拿破里の劇場に上りて、即興詩を歌ひしことを語り給ひしに、醫師驚きたる面持《おももち》して、さてはかの謳者《うたひて》は此人なりしか、公衆の稱歎は尋常《よのつね》ならざりき、重ねて技《わざ》を演じ給はゞ、世に名高き人ともなり給はんものをなどいへり。風の餘り好かりければ、初めソレントオ[#「ソレントオ」に二重傍線]より陸《くが》に上るべかりし航路を改め、直ちに拿破里の入江を指して進むことゝなりぬ。
われは拿破里の旅寓《はたご》に入りて、三通の書信に接したり。その一は友人フエデリゴ[#「フエデリゴ」に傍線]が手書なり。フエデリゴ[#「フエデリゴ」に傍線]はきのふイスキア[#「イスキア」に二重傍線]の島に遊び、三日の後ならでは還らずとの事なりき。明日《あす》の午頃には人々こゝを立たんと宣給《のたま》へば、われはこの唯だ一人なる友にだに、暇乞《いとまごひ》することを得ざらんとす。その二はわが宿を出でし次の日に來しものなる由、房奴《カメリエリ》われに語りぬ。これを讀むに唯だ二三行の文あり。心誠なるものゝおん身の爲め好かれとおもへるありて、今宵おん身の來まさんことを願ふとのみ書きて、末に昔の友なる女と署し、會合の家を指し示せり。其三はこれと同じ手して書けるものなり。その文左の如くなりき
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