煤uカラブリア」に二重傍線]酒《ざけ》誂へんをりは、かの娘をも共に取寄せんとぞおもふ。我血を沸き立たしむる功は此も彼に讓らざるべし。
 我等は市街に歩み入りぬ。アマルフイイ[#「アマルフイイ」に二重傍線]の市は裹《つゝ》める貨物《しろもの》をみだりに堆積したる状《さま》をなせり。羅馬なる猶太街《ゲツトオ》の狹きも、これに比べては尚|通衢《つうく》大路《おほぢ》と稱するに足るならん。こゝの街といふは、まことは家と家との間に通じ、又は家を貫きて通じたるろぢの類《たぐひ》のみ。或るときは狹く長き歩廊を行くが如く、左右に小き窓ありて、許多《あまた》の暗黒なる房《へや》に連《つらな》れり。或るときは巖壁と石垣との間に、二人並び歩むに堪へざるばかりの道を開けるが、暗くして曲り、濕りて穢《けが》れ、級を登り級を降りて、その窮極するところを知らず。我等はをり/\身の戸外に在るを忘れて、大いなる廢屋の内を彷徨《さまよ》ふ念《おもひ》をなせり。所々燈を懸けて闇を照すを見る。而して山上は日獨り高かるべき時刻なりしなり。
 既にして我等は稍※[#二の字点、1−2−22]|開豁《かいくわつ》なる處に出でたり。一の石橋あり。こなたの巖端《いははな》よりかなたの巖端に架したり。橋下の辻は市内第一の大逵《ひろこうぢ》なるべし。二少女ありて「サタレルロ」の舞を演せり。貌《かほばせ》めでたく膚|褐《かち》いろなる裸※[#「ころもへん+呈」、第3水準1−91−75]《らてい》の一童子の、傍に立ちてこれを看るさま、愛《アモオル》の神童に彷彿《はうふつ》たり。人の説くを聞くに、この境《さかひ》寒《さむさ》を知らず、數年前|祁寒《きかん》と稱せられしとき、塞暑針は猶八度を指したりといふ。(寒暑針はレオミユウル[#「レオミユウル」に傍線]式ならん。)
 巖頭に小さき塔ありて、美しき入江の景色の、遠く大小二島の邊まで見ゆる處より、蘆薈《ろくわい》、「ミユルツス」の間を通ずる迂曲《うきよく》せる小みちあり。これを行けば、幾《いくばく》もあらぬに、穹窿《きゆうりゆう》の如く茂りあへる葡萄《ぶだう》の下に出づ。我等は渇を覺えぬれば、葡萄圃のあなたに白き屋壁の緑樹の間より見ゆるを心あてに歩《あゆみ》をそなたへ向けたり。輕暖の空氣の中には草木の香みち/\て、美しき甲蟲《かぶとむし》あまた我等の身邊に飛びめぐれり。
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