ヘ食卓に就《つ》くべき時なり。ジエンナロ[#「ジエンナロ」に傍線]、おん身はフランチエスカ[#「フランチエスカ」に傍線]を伴ひ往け。われは外に婦人なければ即興詩人を伴はん。いざ、アントニオ[#「アントニオ」に傍線]君、手を携へて往かんと、戲れつゝ我を導けり。ジエンナロ[#「ジエンナロ」に傍線]。さるにても、フアビアニ[#「フアビアニ」に傍線]、おん身は何故我に一たびもチエンチイ[#「チエンチイ」に傍線]の事を語らざりしぞ。公子。我家にてはアントニオ[#「アントニオ」に傍線]と呼びならへり。その即興詩人となれるを夢にだに知らねばこそ、前《さき》の和睦の一段は生じたるなれ。アントニオ[#「アントニオ」に傍線]は言はゞ我家の子なり。アントニオ[#「アントニオ」に傍線]、然《さ》にはあらずや。(我は公子を仰ぎ視て會釋せり。)アントニオ[#「アントニオ」に傍線]は好き人物なり。唯だ物學ぶことを嫌へり。ジエンナロ[#「ジエンナロ」に傍線]。渠《かれ》は既に萬物を師とする詩人なり。いかなれば強ひて書を讀ませんとはし給ひし。夫人。(戲《たはぶれ》の調子にて)餘りに讚めちぎり給ふな。我等が渠の机に對ひて數學理學に思を覃《ふか》むるを期せし時、渠は拿破里《ナポリ》の女優に懸想してうはの空なりしなり。ジエンナロ[#「ジエンナロ」に傍線]。そは多情多恨なる證《あかし》なるべし。女優とはいかなる美人なりしぞ。その名をば何とかいひし。夫人。アヌンチヤタ[#「アヌンチヤタ」に傍線]とて人柄も技倆も共に優れし女なりき。ジエンナロ[#「ジエンナロ」に傍線]。(盃を擧げて)アヌンチヤタ[#「アヌンチヤタ」に傍線]は我も迷ひし一人なり。そは好趣味ありと謂ふべし。さらば、即興詩人の君、アヌンチヤタ[#「アヌンチヤタ」に傍線]の健康を祝して一杯《ひとつき》を傾けてん。(我は苦痛を忍びて盞《さかづき》を※[#「石+並」、第3水準1−89−8]《うちあは》せたり。)夫人。そも一わたりの迷にあらず。議官《セナトオレ》の甥と鞘當《さやあて》して、敵手《あひて》には痍《きず》を負はせたれど、不思議にその場を遁《のが》れ得たり。かくてこたび「サン、カルロ」座には出でしなり。アントニオ[#「アントニオ」に傍線]をば舊く知りたれども、その大膽なることかくまでならんとは、我等も思ひ掛けざりき。ジエンナロ[#「ジエンナロ」に傍
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