フ一語は忽ち少時の怖ろしき經歴を想ひ起す媒《なかだち》となりぬ。フエデリゴ[#「フエデリゴ」に傍線]との漫歩《そゞろありき》より地下に路を失ひたる時の心の周章など、悉く目前に浮びぬ。われは直ちに絃を撥《はじ》きて歌ひ出でぬ。章句は自らにして成りぬ。われは唯だ自家少時の經歴を語りしのみ、唯だ羅馬の地下窟を以て拿破里の地下窟となしゝのみ。即興詩の末解は、一たび失ひつる絲の端を再び探り得たる喜を敍したり。喝采はあまたゝび起りぬ。われは脈絡中に三鞭酒《シヤムパニエ》の循《めぐ》るが如き感をなしたり。
われは第二曲の題として蜃氣樓《しんきろう》を得たり。こは拿破里又シチリア[#「シチリア」に二重傍線]の水濱にて屡※[#二の字点、1−2−22]見《あらは》るゝものといへど、われは未だ嘗て見しことあらず。唯だ此重樓複閣の奧には、我に親しき神女|棲《す》み給ふ。これをフアンタジア[#「フアンタジア」に傍線](空想)の君とはいふなり。われは唯だ平生夢裏に遊べる境界《きやうがい》を歌はんのみ。その中には同じ神女の宮殿あり、苑囿《ゑんいう》あり。われは急に我資材を引纏めて、一の布局を定め、一の物語となしたり。歌ひ出づるに從ひて、新しき思想は多く來り加はりぬ。先づ敍したるは荒廢せる一寺院なりき。景をポジリツポ[#「ポジリツポ」に二重傍線]に取りて、わざと其名をば擧げざりき。簷《のき》傾き廊朽ちて、今や漁父の栖家《すみか》となりぬ。聖像を燒き附けたる窓の下に床ありて、一童子臥したり。月あかくいと靜けき夜、美しき童女來りおとづれぬ。その美しさは譬へんに物なく、その身の輕きことそよ吹く風に殊ならず。兩の肩には五彩燦然たる翼|生《お》ひたり。二人は共に嬉《たのし》み遊べり。少女《をとめ》は漁家の子を引きて、緑深き葡萄園に往き、又近きわたりの山に分け入るに、まだ見ぬ景色いと多く、殊に山腹の自ら闢《ひら》けて、その中にめでたき壁畫と數多き贄卓《にへづくゑ》とある寺院の見えたるなど、言へば世の常なり。或るときは共に舟に棹《さをさ》して青海原を渡り、烟立つヱズヰオ[#「ヱズヰオ」に二重傍線]の山に漕ぎ寄せつるに、山は全《また》く水晶より成れりと覺しく、巖の底なる洪爐《こうろ》中に、烟《けぶり》渦卷《うづま》き火燃え上るさま掌《たなぞこ》に指すが如くなり。或るときは共に地下の古市に遊ぶに、康衢《かうく》屋
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