mるべきならねどなど、心ありげに云へり。
 われは日ごとに公苑に往き戲園《しばゐ》に入り、又心安からぬまゝに寺院を尋ねて、聖母《マドンナ》の足の下に俯《ふ》することあり。頬燃え胸跳るばかりなる怖ろしき誘惑に想ひ到れば、懺悔の念|轉※[#二の字点、1−2−22]《うたゝ》深く、志を遂げ功を成さんと欲する大いなる企圖を顧み思へば、祈祷の心愈※[#二の字点、1−2−22]切なり。されど我靈は我肉と鬪へり。わが心機の一轉すべき期《ご》は、想ふに日曜日にあるならん。われは慰藉を得ずして、空しく聖母の膝下を走り出でぬ。
 一たび偕《とも》に嚢家《なうか》(博奕場《ばくえきぢやう》)に往かずや、いかなる境界《きやうがい》をも詩人は知らざるべからずとは、吾友フエデリゴ[#「フエデリゴ」に傍線]の曾て云ひしところなり。されど友は我を伴ひしことなく、我も亦獨り往かん心を生ずることなかりき。こは見んことの願はしからざるにあらず、心の怯《おく》れたるなり。むかしベルナルドオ[#「ベルナルドオ」に傍線]の我にいひしことあり。汝はドメニカ[#「ドメニカ」に傍線]に育てられ、「ジエスヰタ」派の學校に人となりて、その血中には山羊《やぎ》の乳汁《ちしる》雜れり。されば汝は臆病なりといひき。當時われはその無禮を怒りしが、今思ふに此言は幾分の理《ことわり》なきにあらず。われまことに詩人となりて、善く社會の状態を歌はんには、先づかゝる怯懦《けふだ》の心を棄てざるべからず。わが此|念《おもひ》をなしゝは、夕ぐれに此市に聞えたる嚢家の門を過ぐる時なりき。これぞ我膽を試みるべき好き機會なるべき、自ら博奕《ばくえき》せでもあるべし、後に相識れる人々に語るとも、必ず咎むるものはあらじなど、自ら問ひ自ら答へて、騷ぐ胸を押し鎭めつゝ門に入りぬ。こゝには嚴《おごそ》かなる裝《よそほひ》したる門者《かどもり》立てり。兩邊に燈《ともしび》を點じたる石階を登れば、前房あり。僮僕《しもべ》あまた走り迎へて、我帽と杖とを受取り、我が爲めに正面なる扉を排開したり。
 戸内《とぬち》には燈明き室あまたあり。室ごとに大卓幾箇か据ゑたるを、男女打雜りたる客圍み坐せり。われは勇を鼓して先づ最も戸に近き一室を大股《おほまた》に歩み過ぎしに、諸人は顧みんとだにせざりき。卓の上には堆《うづたか》く金貨を積みたり。我目に留まりしは、十年前までは美し
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