ケ母の慈悲は廣大なれば、縱《たと》ひ一たび我を棄て給ふとも、いかでか我懺悔を聞き給はざることあらん。われは空想人物にて、汝等と同じからず。世間に立ち交《まじ》るとも、何の益かあるべき。若《し》かじ、今の機到り縁熟せるを幸として、平和を寺院の中に求めんには。友。おろかなり、アントニオ[#「アントニオ」に傍線]。否運《ひうん》に遭《あ》ひて志を屈せずしてこそ人たる甲斐はあれ。汝の氣力あり技倆あるを、傲慢なる羅馬の貴人《あてびと》に見せよ、世間に見せよ。詩人は賤《いや》しき業《わざ》にあらず。汝は才あり學あればこそ、詩人とならんとは思ひ立ちしなれ。汝が前途は多望なり。されどわれおもふに、わが斯く辭《ことば》を費すはいたづら事にはあらずや。汝が僧とならんといふは、けふの黄昏《たそがれ》の暗黒なる思案にて、あすは旭日の光に觸れて泡沫のごとく消え去るべきものにはあらずや。兎まれ角まれ、汝が病をばわが手ぬかりにて長じたりと覺《おぼ》し、汝は獨り籠り居て蟲をおこしたるならん。あすは車一輛|倩《こ》ひて、エルコラノ[#「エルコラノ」に二重傍線]、ポムペイ[#「ポムペイ」に二重傍線]に往き、それよりヱズヰオ[#「ヱズヰオ」に二重傍線]の山に登るべし。先づ今宵は大路《トレド》まで出でゝ、面白く時を過さん。世の中は驅足《かけあし》して行く如し。而して人々のおのが荷を負ひたり。鉛の重さなるもあり。翫具《おもちや》と一般なるもあり。友は斯く語りつゝ我を促し立てゝ出で行かんとせり。嗚呼、我にも猶此の如く慰め呉るゝ友あるこそ嬉しけれ。我は默して帽を戴き、友の後に跟《つ》きて出でぬ。

   好機會

 戸を出づれば小屋掛《こやがけ》の小劇場より賑かなる音樂の聲聞ゆ。われ等二人は群集の間に立ちてその劇場の状《さま》を看たり。夫婦と覺しき男女《なんによ》、表《おもて》をのみ飾りたる衣を纏《まと》ひて板敷の上に立ちたるが、客を喚《よ》ぶことの忙しさに、聲は全く嗄《か》れたり。色蒼ざめたる一童子「ピエロオ」(滑稽役)の服を着けて、悲しげに「ヰオリノ」彈けば、姉妹なるべし、少女《をとめ》二人のこれを繞《めぐ》りて踊るを見る。哀なるかな此人々。その運命のはかなきこと我と同じきなるべし。我は大息《ためいき》を抑へて友の肩に倚《よ》りたり。友は慰めて云ふやう。物思《ものもひ》も好き程にせよ。暫くこの邊《あたり》を
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