研究し給ふやと問ひぬ。われ答へて、己れは専門の學をなさずと雖、凡そ宇宙の事は一として我研究の資料ならぬはなし、己れは詩人たらんと心掛くるなりと云へば、彼手を拍ちて喜び、ホラチウス[#「ホラチウス」に傍線]が句を朗誦し、我琴を以てヨヰス[#「ヨヰス」に傍線]の神の龜甲琴《リラ》に比したり。
 忽ちサンタ[#「サンタ」に傍線]我前に來て云ふやう。さては終に生捕《いけど》られ給ひしよ。おん身等の物語は、定めてセソストリス[#「セソストリス」に傍線]時代の事なるべし。(希臘傳説に見えたる埃及《エヂプト》王の名なり。前十四五紀の間の名ある王二人の上を混じて説けり。)客人《まらうど》には現世の用事あり。かしこに少《わか》き貴婦人の敵手《あひて》なくて寂しげなるあり。願はくは誘ひ出して舞の群に入り給へとなり。われ逡巡《しりごみ》して、否われは舞ふこと能はず、曾《かつ》て舞ひしことなしと答ふれば、サンタ[#「サンタ」に傍線]重ねて、家のあるじたる我身おん身に請はゞ奈何《いかに》といふ。われ。まことに濟まぬ事ながら、われ若し強ひて踊り出でば、おのれ一人|跌《つまづ》き轉ぶのみならず、敵手の貴婦人をさへ拉《ひ》き倒すならん。夫人打ち笑ひて、そは好き見ものなるべしといひつゝ、フエデリゴ[#「フエデリゴ」に傍線]の方に進み近づき、直ちに伴ひて舞の群に入りぬ。小男は我を顧みて、氣輕なる女なり、されど貌《かほ》は醜からず、さは思ひ給はずやといふに、我はまことに仰《おほせ》の如く、めでたき姿なりと讚め稱《たゝ》へき。此よりいかなる話の運《はこび》なりしか知らねど、我等二人は忽ち又古のエトルリヤ[#「エトルリヤ」に二重傍線]人(昔羅馬の北に住みし民)の遺しゝ陶器《すゑもの》の事を論ぜざるべからざることゝなりぬ。彼は此地の聚珍館内なる瓶《へい》又は壺の數々を擧げて、これに畫きし畫工に説き及ぼし、次いでその畫工の技巧を辯明したり。此等の陶畫《すゑものゑ》は、皆濕に乘じて筆を用ゐるものなれば、一點一畫と雖、漫然これを下すべきにあらずなど云へり。彼は猶其|詳《つまびらか》なるを教へんために、不日我を聚珍館に連れ往かんと約せり。
 夫人は再び我前に來て、さては論文はまだ結局とならぬにや、以下次號とし給へと呼び、急に我手を把《と》りて拉《ひ》き去りつゝ、聲を低うして云ふやう。おん身は餘りに人|好《よ》きには
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