Uふことなく有の儘に、我とアヌンチヤタ[#「アヌンチヤタ」に傍線]との中を語り、我が一たび絶望の境に陷りて後、今又慰藉を自然と藝術とに求むるに至れる顛末《てんまつ》を敍して、さて人々の憐を垂れてわが即興詩人となることを許されんを願ひぬ。われはその答を得ん日までは、敢て公衆のために歌はざるべしと誓へり。これを書く時、涙は紙上に墜《お》ちて斑《まだら》をなし、われは心の中に答書の至らんこと一月の間にあらんことを祈るのみなりき。書き畢《をは》りて、われは久し振にて心安く眠に就きぬ。
翌日フエデリゴ[#「フエデリゴ」に傍線]はとある横町なる賃房《かしべや》に移り、己れは猶さきの獨逸《ドイツ》宿屋なる、珍らしき山と海との眺ある一間に留まりぬ。われは聚珍館《しうちんくわん》(ムゼオ、ボルボニイコ)、劇場、公苑など尋ねめぐりて、未だ三日《みか》ならぬに、早く此都會の風俗のおほかたを知ることを得たり。
考古學士の家
或日|房奴《カメリエリ》は我に一封の書《ふみ》をわたしたり。披《ひら》きて讀めば、博士マレツチイ[#「マレツチイ」に傍線]と夫人サンタ[#「サンタ」に傍線]との案内状にして、フエデリゴ[#「フエデリゴ」に傍線]君をも伴ひて來ませとあり。初めはわれこは屆先を誤りたる書ならずやと疑ひぬ。宿屋の人に博士はいかなる人ぞと問ふに、いと名高き學者にて、考古學とやらんに長《た》け給ふと聞ゆ、その夫人近きころ羅馬より歸り給ひしなれば、客人は途上にて相識になり給ひしにはあらずやといふ。嗚呼《あゝ》、われこれを獲たり。これこそ前《さき》の拿破里《ナポリ》の貴婦人なるらめ。
夕暮にフエデリゴ[#「フエデリゴ」に傍線]を誘ひて往きぬ。いと廣き間に客あまた集へり。滑《なめらか》なる大理石の床は、蝋燭の光を反射し、鐵の格子を繞《めぐ》らしたる火鉢(スカルヂノ)は、程好き煖《あたゝか》さを一間の内に頒《わか》てり。
サンタ[#「サンタ」に傍線]と名告《なの》れる夫人は、嬉しげに我等二人を迎へて、一坐の客達に引合せ、又我等に、毫《すこ》しも心をおかで家に在る如く振舞はんことを勸めたり。夫人は今宵空色の衣《きぬ》を着たるが、いと善く似合ひたり。我等は若し此人をして少し痩せしめば、第一流の美人たるべきものをとさゝやきたり。
我等は夫人に促されて坐せり。此時一少女ありて「ピアノ」に對《む
前へ
次へ
全337ページ中172ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
アンデルセン ハンス・クリスチャン の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング