驕B兩邊の高き家には、窓ごとに床張り出したるが、男女の群のその上に立ち現れたるさまは、こゝは今も謝肉祭《カルネワレ》の最中にやとおもはるゝ程なり。馬車あまた火山の坑《あな》より熔け出でし石を敷きたる街を馳《は》せ交《か》ひて、間※[#二の字点、1−2−22]馬のその石面の滑《なめらか》なるがために躓《つまづ》くを見る。小なる雙輪車あり。五六人これに乘りて、背後には襤褸《ぼろ》着たる小兒をさへ載せ、又この重荷の小づけには、網床めくものを結び付けたる中に半ば裸なる賤夫《ラツツアロオネ》のいと心安げにうまいしたるあり。挽《ひ》くものは唯だ一馬なるが、その足は驅歩《かけあし》なり。一軒の角屋敷の前には、焚火して、泅袴《およぎばかま》に扣鈕《ボタン》一つ掛けし中單《チヨキ》着たる男二人、對《むか》ひ居て骨牌《かるた》を弄べり。風琴、「オルガノ」の響喧しく、女子のこれに和して歌ふあり。兵士、希臘《ギリシア》人、土耳格《トルコ》人、あらゆる外國人《とつくにびと》の打ち雜《まじ》りて、且叫び且走る、その熱鬧《ねつたう》雜沓《ざつたふ》の状《さま》、げに南國中の南國は是なるべし。この嬉笑怒罵の天地に比ぶれば、羅馬は猶幽谷のみ、墓田のみ。夫人は手を拍《う》ち鳴して、拿破里々々々と呼べり。
 車はラルゴ、デル、カステルロ[#「ラルゴ、デル、カステルロ」に二重傍線]に曲り入りぬ。(原註。拿破里《ナポリ》大街《おほどほり》の一にして其末は海岸に達す。)同じ※[#「門<眞」、第3水準1−93−54]溢《てんいつ》、同じ喧囂《けんがう》は我等を迎へたり。劇場あり。軒燈籠懸け列ねて、彩色せる繪看板を掲げたり。輕技《かるわざ》の家あり。その群の一家族高き棚の上に立ちて客を招けり。婦《をみな》は叫び、夫は喇叭《らつぱ》吹き、子は背後より長き鞭を揮《ふる》ひて爺孃《やぢやう》を亂打し、その脚下には小き馬の後脚にて立ちて、前に開ける簿册を讀む眞似したるあり。一人あり。水夫の環坐せる中央に立ちて、兩臂《りやうひぢ》を振りて歌へり。是れ即興詩人なり。一翁あり。卷を開いて高く誦すれば、聽衆手を拍ちて賞讚す。是れ「オランドオ、フリオゾ」を讀めるなり。(譯者云。わが太平記よみの類《たぐひ》なるべし。讀む所はアリオストオ[#「アリオストオ」に傍線]の詩なり。)
 夫人は忽ちヱズヰオ[#「ヱズヰオ」に二重傍線]と呼びぬ
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