エわら》ひて、君はいづれの國をも同じやうに視給ふか、劵面にも北方より來しことを記せり、無論|魯西亞《ロシア》領なりといふ。
 フエデリゴ[#「フエデリゴ」に傍線]、※[#「王+連」、第3水準1−88−24]馬《デンマルク》、この數語はわが懷しき記念を喚び起したり。※[#「王+連」、第3水準1−88−24]馬の畫工フエデリゴ[#「フエデリゴ」に傍線]とは、むかし我母の家に宿り居たる人なり、我を窟墓《カタコムバ》に伴ひし人なり。我がために畫かき、我に銀※[#「金+表」、76−下段−22]《ぎんどけい》を貽《おく》りし人なり。
 關守る兵卒は手形に疑はしき廉《かど》なしと言渡しつ。この宣告の早かりしにはフエデリゴ[#「フエデリゴ」に傍線]の私《ひそ》かに贈りし「パオロ」一枚の效驗もありしなるべし。塔を下るとき、われフエデリゴ[#「フエデリゴ」に傍線]に名謁《なの》りしに、この人は想ふにたがはぬ舊相識にて、さては君は可哀《かはゆ》き小アントニオ[#「アントニオ」に傍線]なりしかと云ひて我手を握りたり。車に上るとき、人に請ひて席を換へ、われとフエデリゴ[#「フエデリゴ」に傍線]とは膝を交へて坐し、再び手を握りて笑ひ興じたり。
 われは相別れてより後の身の上をつゞまやかに物語りぬ。そはドメニカ[#「ドメニカ」に傍線]が家にありしこと、羅馬に返りて學校に入りしことなどにて、それより後をばすべて省きつるなり。我は詞を改めて、さてこれよりはナポリ[#「ナポリ」に二重傍線]へ往かんとすと告げたり。
 むかし畫工と最後に相見たるは、カムパニア[#「カムパニア」に二重傍線]の野にての事なりき。その時畫工は早晩一たび我を羅馬に迎へんと約したり。畫工は猶當時の言を記し居りて、我にその約を履《ふ》まざりしを謝したり。君に別れて羅馬に歸りしに、故郷の音信《おとづれ》ありて、直ちに北國へ旅立つことゝなりぬ。その後數年の間は、故里《ふるさと》にありしが、伊太利の戀しさは始終忘れがたく、このたびはいよ/\思ひ定めて再遊の途に上りぬ。こゝはわが心の故郷なり。色彩あり、形相《ぎやうさう》あるは、伊太利の山河のみなり。わが曾遊の地に來たる樂しさをば、君もおもひ遣り給へといふ。
 彼問ひ我答ふる間に、路程の幾何《いくばく》をか過ぎけん。フオンヂイ[#「フオンヂイ」に二重傍線]の税關の煩ひをも、我心には覺えざりき
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