V4−上段−18]《てふき》解きて與へ、牧者等と握手して、ひとり徑を下りゆきぬ。

   大澤、地中海、忙しき旅人

 世の人はポンチネ[#「ポンチネ」に二重傍線]の大澤《たいたく》(パルウヂ、ポンチネ)といふ名を聞きて、見わたす限りの曠野《あらの》に泥まじりの死水をたゝへたる間を、旅客の心細くもたどり行くらんやうにおもひ做《な》すなるべし。そはいたく違へり。その土地の豐腴《ほうゆ》なることは、北伊太利ロムバルヂア[#「ロムバルヂア」に二重傍線]に比べて猶優りたりとも謂ふべく、茂りあふ草は莖肥えて勢|旺《さかん》なり。廣く平なる街道ありてこれを横斷せり。(耶蘇《ヤソ》紀元前三百十二年アピウス・クラウヂウス[#「アピウス・クラウヂウス」に傍線]の築く所にして、今猶アピウス[#「アピウス」に傍線]街道の名あり。)車にて行かば坐席極めて妥《おだやか》なるべく、菩提樹の街※[#「木+越」、第3水準1−86−11]《なみき》は鬱蒼として日を遮り、人に暑さを忘れしむ。路傍は高萱《たかがや》と水草と、かはる/″\濃淡の緑を染め出せり。水は井字の溝洫《かうきよく》に溢れて、處々の澱《よど》みには、丈高き蘆葦《あし》、葉|闊《ひろ》き睡蓮《ひつじぐさ》(ニユムフエア)を長ず。羅馬の方より行けば左に山岳の空に聳《そび》ゆるあり。その半腹なる村落の白壁は、鼠いろなる岩石の間に亂點して、城郭かとあやまたる。左は海に向へる青野のあなたに、チルチエオ[#「チルチエオ」に二重傍線]の岬《みさき》(プロモントリオ、チルチエオ)の隆《たか》く起れるあり。こは今こそ陸つゞきになりたれ、古のキルケ[#「キルケ」に傍線]が島にして、オヂツセウス[#「オヂツセウス」に傍線]が舟の着きしはこゝなり。(ホメロス[#「ホメロス」に傍線]の詩に徴するに、トロヤ[#「トロヤ」に二重傍線]の戰果てゝ後、希臘《ギリシア》イタカ[#「イタカ」に二重傍線]王オヂツセウス[#「オヂツセウス」に傍線]この島に漂流せしに、妖婦キルケ[#「キルケ」に傍線]舟中の一行を變じて豕《ゐのこ》となす、オヂツセウス[#「オヂツセウス」に傍線]神傳の藥草にて其妖術を破りぬといふ。)
 霧は歩むに從ひて散ぜり。晒《さら》せる布の如き溝渠《こうきよ》、緑なる氈《かも》の如き草原の上なる薄ぎぬは、次第に※[#「寨」の「木」に代えて「衣」、第3水準1−
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