のみ憶ひてあるべきに、君が昔話を聞きて、端なくもわが心の裡に雕《ゑ》られたる圖を繰りひろげつゝ、身のめぐりなるめでたき畫どもを忘れたりとて、姫は我に先だちて歩を移しき。
 わがアヌンチヤタ[#「アヌンチヤタ」に傍線]と老媼《おうな》とを伴ひて旅館にかへりしとき、門守る男はベルナルドオ[#「ベルナルドオ」に傍線]が留守におとづれしことを告げたり。我友はこの男の口より二婦人を連れ出だしゝものゝ我なるを聞けりといふ。友の怒は想ふに堪へたり。かゝる事あるごとに、我は前《さき》の日には必ず氣遣ひ憂ふる習なりしが、アヌンチヤタ[#「アヌンチヤタ」に傍線]に對する戀は我に彼友に抗する心を生ぜしめき。さきには友我を性格なし、意志なしと罵りき。今はわれ友に見《しめ》すに我性格と我意志とをもてすべしとおもひぬ。
 姫が猶太教徒の籠の内に養はれきといふ詞は、絶えず我耳の根にあり。依りておもふに、友がハノホ[#「ハノホ」に傍線]の許にて見きといふ少女はアヌンチヤタ[#「アヌンチヤタ」に傍線]なりしならん。されど又姫にそを問ふ機會あるべきか、心許《こゝろもと》なし。
 あくる日往きしときは、姫は一間にありて某《それ》の役を浚《さら》ひ居たり。われはおうなに物言ひこゝろみしに、この人はおもひしよりも耳疎かりき。されどそのさま我が詞を交ふるを喜べる如し。われは前《さき》の日即興の詩を歌ひしとき、この人の嬉《たのし》み聽けるさまなりしをおもひ出でゝ、その故をたづねしに、あやしとおもひ給ひしも理《ことわ》りなり、君の面を見、君の詞の端々を聞きて、おほよそに解《げ》したるなり、さてその解したるところはいとめでたかりき、平生アヌンチヤタ[#「アヌンチヤタ」に傍線]が歌うたふを聽くときも亦同じ、耳の遠くなりゆくまゝに、目もて人の聲を聞くすべをば、やう/\養ひ成せりといふ。媼はベルナルドオ[#「ベルナルドオ」に傍線]が上を問ひ、そのきのふ留守の間におとづれて、共に畫廊に往くこと能はざりしを惜みき。われ媼がベルナルドオ[#「ベルナルドオ」に傍線]を喜べるゆゑを問ふに、かの人の心ざまには優れたるふしあり、われその證《あかし》を見しことあればよく知りたり、猶太の徒も基督の徒も、神の目より視ば同じかるべければ、彼人の行末を護り給ふならんといふ。やうやくにして媼はことば多くなりぬ。その姫を愛でいつくしむ情はいと深し
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