のものを搜し索《もと》むる如し。かれは又火を新なる蝋燭に點じて再びあたりをたづねたり。その氣色《けしき》ただならず覺えければ、われも立ちあがりて泣き出しつ。
 この時畫工は聲を勵まして、こは何事ぞ、善き子なれば、そこに坐《すわ》りゐよ、と云ひしが、又眉を顰《ひそ》めて地を見たり。われは畫工の手に取りすがりて、最早登りゆくべし、こゝには居りたくなし、とむつかりたり。畫工は、そちは善き子なり、畫かきてや遣らむ、果子をや與へむ、こゝに錢もあり、といひつゝ、衣のかくしを探して、財布を取り出し、中なる錢をば、ことごとく我に與へき。我はこれを受くるとき、畫工の手の氷の如く冷《ひやゝか》になりて、いたく震ひたるに心づきぬ。我はいよ/\騷ぎ出し、母を呼びてます/\泣きぬ。畫工はこの時我肩を掴みて、劇《はげ》しくゆすり搖《うご》かし、靜にせずば打擲《ちやうちやく》せむ、といひしが、急に手巾《ハンケチ》を引き出して、我腕を縛りて、しかと其端を取り、さて俯してあまたゝび我に接吻し、かはゆき子なり、そちも聖母に願へ、といひき。絲をや失ひ給ひし、と我は叫びぬ。今こそ見出さめ、といひ/\、畫工は又地上をかいさぐりぬ。
 さる程に、地上なりし蝋燭は流れ畢りぬ。手に持ちたる蝋燭も、かなたこなたを搜し索《もと》むる忙しさに、流るゝこといよ/\早く、今は手の際まで燃え來りぬ。畫工の周章は大方ならざりき。そも無理ならず。若し絲なくして歩を運ばば、われ等は次第に深きところに入りて、遂に活路なきに至らむも計られざればなり。畫工は再び氣を勵まして探りしが、こたびも絲を得ざりしかば、力拔けて地上に坐し、我頸を抱きて大息つき、あはれなる子よ、とつぶやきぬ。われはこの詞を聞きて、最早家に還られざることぞ、とおもひければ、いたく泣きぬ。畫工にあまりに緊《きび》しく抱き寄せられて、我が縛られたる手はいざり落ちて地に達したり。我は覺えず埃の間に指さし入れしに、例の絲を撮《つま》み得たり。こゝにこそ、と我呼びしに、畫工は我手を※[#「てへん+參」、10−下段−6]《と》りて、物狂ほしきまでよろこびぬ。あはれ、われ等二人の命はこの絲にぞ繋ぎ留められける。
 われ等の再び外に歩み出でたるときは、日の暖に照りたる、天の蒼く晴れたる、木々の梢のうるはしく緑なる、皆常にも増してよろこばしかりき。フエデリゴ[#「フエデリゴ」に傍線]は
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