を見つめ居たるが、忽ち我にいふやう。汝は我にもまして横着なる男なり。善くも狂言して人を欺くことよ。床は呪水に濡らされ、身は護摩《ごま》の煙に薫《いぶ》さるゝは、これがために非ずや。我知らじとやおもふ、汝はダンテ[#「ダンテ」に傍線]を讀みたるを。
血は我頬に上りぬ。われは爭《いか》でかさる禁を犯すべきと答へき。ベルナルドオ[#「ベルナルドオ」に傍線]のいはく。汝が昨夜物語りし惡魔の事は、全く神曲の中なる惡魔ならずや。汝が空想はゆたかなれば、わが説くを厭かず聽くならん。地獄に火※[#「諂のつくり+炎」、第3水準1−87−64]の海、瘴霧《しやうむ》の沼あるは、汝が早くより知るところならん。されど地獄には又深き底まで凍りたる海あり。その中に閉ぢられたる亡者も亦少からず。その底にゆきて見れば、恩に負《そむ》きし惡人ども集りたり。「ルチフエエル」(魔王)も神に背きし報にて、胸を氷にとぢられたるが、その大いなる口をば開きたり。その口に墮ちたるは、ブルツス[#「ブルツス」に傍線]、カツシウス[#「カツシウス」に傍線]、ユダス・イスカリオツト[#「ユダス・イスカリオツト」に傍線]なり。中にもユダス・イスカリオツト[#「ユダス・イスカリオツト」に傍線]は、魔王が蝙蝠《かはほり》の如き翼を振ふ隙に、早く半身を喉の裡に沒したり。この「ルチフエエル」が姿をば、一たび見つるもの忘るゝことなし。われもダンテ[#「ダンテ」に傍線]が詩にて、彼奴《かやつ》と相識《ちかづき》になりたるが、汝はよべの囈語《うはごと》に、その魔王の状を、詳《つばら》に我に語りぬ。その時われは今の如く、汝はダンテ[#「ダンテ」に傍線]を讀みたるかと問ひぬ。夢中の汝は、今より直《すなほ》にて、我に眞を打ち明け、ハツバス・ダアダア[#「ハツバス・ダアダア」に傍線]が事をさへ語り出でぬ。何故に覺めたる後には我を隔てんとする。我は汝が祕事《ひめごと》を人に告ぐるものにあらず。汝が禁を犯したるは、汝が身に取りて譽となすべき事なり。我は久しく汝が上にかゝることあらんを望みき。されど彼書をば、汝何處にてか獲つる。我も一部を藏したれば、汝若し蚤《はや》く我に求めば、我は汝に借しゝならん。我はハツバス・ダアダア[#「ハツバス・ダアダア」に傍線]がダンテ[#「ダンテ」に傍線]を罵りしを聞きしより、その良き書なるを推し得て、汝に先だちて
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