黒い火の玉のように、あたまの上の空にぶら下がっていました。
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*ドイツの天文学者
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 夜番はまもなく、たくさんの生きものにであいました[#「ました」は底本では「ましだ」]。それはたぶん月の世界の「人間」なのでしょうが、そのようすはわたしたちとはすっかりちがっていました。(**偽《にせ》ヘルシェルが、作り出したものよりも、ずっとたしかな想像でこしらえられていて、一列にならばせて、画にかいたら、こりゃあうつくしいアラビヤ模様だというでしょう。)この人たちもやはり言葉を話しましたが、夜番のたましいにそれがわかろうとは、たれだっておもわなかったでしょう。(ところがそれが、わかったのだからふしぎですが、人間のたましいには、おもいの外の働きがあるのです。そのびっくりするような芝居めいた才能は、夢の中でもはたらくとおりでしょう。そこでは知合のたれかれがでて来て、いかにもその気性をあらわした、めいめい特有《とくゆう》の声で話します。それは目がさめてのちまねようにもまねられないものです。どうしてたましいは、もうなん年もおもいだしもしずにいた人たちを、わたしたちの所へつれてくるのでしょう。それは、わたしたちのたましいのなかへ、いきなりと、ごくこまかいくせまでももってあらわれてきます。まったく、わたしたちのたましいのもつ記憶はおそろしいようですね。それはどんな罪でも、どんなわるいかんがえでも、そのままあらわしてみせます。こうなると、わたしたちの心にうかんで、くちびるにのぼったかぎりの、どんなくだらない言葉でも、そののこらずの明細がきができそうなことです。)
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**ドイツで出版された月世界のうそ話。括弧内の文は原本になく、アメリカ版による。
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 そこで夜番のたましいは、月の世界の人たちの言棄をずいぶんよくときました。その人たちはこの地球の話をして、そこはいったい人間が住めるところかしらとうたぐっていました。なんでも地球は空気が重たすぎて、感じのこまかい月の人にはとても住めまいといいはりました。その人たちは、月の世界だけに人間が住んでいるとおもっているのです。なぜなら、古くからの世界人が住んでいる、ほんとうの世界といったら、月のほかにはないというのです。(この人たちはまた政治の話もしていました。)
 
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