ろうと考へた。
彼の前の五号室には、安来節《やすきぶし》の女が弟子二人と住んでゐたが、家賃の払ひが悪いので、赤い眼玉の主人は出て行つてくれるやうに云つた。弟子の二人は仲が悪くて、しよつちゆう口喧嘩をしてゐるのであるが、その日も引越だと云ふのに、お前さんは舞台でツンとしてるから人気がないんですよ、とか、へつ、お前さんのやうに、淫売みたいにニヤニヤできるもんか、私は安来節だけで御客さんの御機嫌を取つてるんだからね、なぞと云ひ争ひながら、道具類を階下《した》へ運んでゐた。――
そのあとには、越後からやつて来た毒消し売りの少女たちが入ることになり、わざわざ送つて来た炊事道具やら商売道具を運び入れてゐた。彼女たちは全部で十人なので、白足袋の指導者の隣り部屋、九号室にも分宿することになつてゐる。
この日焼した少女たちは――彼女たちが、ここの風呂に入つたあとは、湯が陽なた臭く、塩つぽくなるのである――大体、去年と同じ顔触れだが三人ばかり馴染みなのがゐない。それらは、すでに嫁入りをしたのであらう。その代り、小学校を出たばかりの少女が新しく加つてゐる。
彼女たちは、暖かすぎるほどの日なので、襦袢
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