と腰巻だけになり、その上にメリンスの帯を結んで、この二三ヶ月住む場所に道具の整理をしてゐた。その時、誰かが苦しさうに唸つてゐるのが聞えてきたが、彼女たちの陽気な人もなげな饒舌と物音のために掻き消されたやうである。
 夕方、主人は広告軽気球を下すために物干台に昇つて来る。物干台は雨風に腐つて黒くなり、彼の歩くたびにギシギシと音を立てる。彼は一度、東の方に風で吹寄せられてゐる軽気球の方へ眼をやつてから、昨日まで争議のあつた映画常設館を眺める。そして下の荒れた墓地へ唾を吐いた。――物干台の下は指導者の部屋にあたつてゐるが、彼は昼前から眠つたまま、まださめない。夕刊の締切は云ふまでもなく、とつくにすぎ、もう配達もされてゐる。しかし、別に珍しい記事もなかつたやうである。――結局、白足袋の愛嬌ある指導者は、もう誰にも起されずに、いつまでも眠りつづけるのだらう。
[#地から1字上げ](昭和七年六月)



底本:「現代文学大系 44 武田麟太郎・島木健作・織田作之助集」筑摩書房
   1967(昭和42)年
入力:山根鋭二
校正:伊藤時也
1999年12月15日公開
2005年12月31日修正
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