その時、彼は何か発見したやうな眼つきになり、ぢつと彼女の身体つきを検《しら》べ、眺め廻したのである。
 女の煙草は短かかつたので、すぐになくなつた。小説家は自分の箱を荒れた畳の上に置いて、一本つけては如何《どう》かとすすめるのであつた。だが、女は女らしく遠慮して「五十銭ただもろて、その上、煙草のませてもろたりしては――それこそ冥加《みやうが》につきます」と、辞退して手をださなかつた。それ位いいぢやないかと、尚も彼が云ふと強情に身を引かんばかりにして、
「いいえ、いけまへん」と、しをらしい表情をして見せたが、急に彼は自分の観察が誤つてゐるか如何かをためしたくなつて、何の悪い気もなく、
「あんたは、女とちがふな」と云つたのである。それを相手は随分と意地悪くきいたかも知れなかつた。どうして、そんなこと云ひ出したのだらうと、暫くの間、女は彼の顔を見つめてゐた。それから、両手を揉むやうにして、下うつむいて、嘆息した。
「やつぱり――分りまつか」と云つて黙り込み、それでもまた勇気を取戻したのか、
「そやけど、今までに一ぺんも見現されたことはおまへなんだ、ほんまだつせ――兄さんにかかつてはじめて――
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