酔して了つてゐたので、その尖つてゐる眼もいつに似ず柔和に光り、何も見てゐないに近かつたのである。唯、去来する思ひが――たとへば、袋物工場に通つてゐた母親が、夜も休まず石油の空箱を台にして(その箱の隅には小さな蜘蛛《くも》が綿屑みたいな巣をかけてゐた!)セルロイド櫛《ぐし》に、小さな金具の飾をピンセットで挟み、アラビヤゴムと云ふ西洋の糊でつける仕事をしてゐる横に、新聞紙にくるんだ芋が置かれてある有様や、そして、その芋は彼女の夕飯代りなのだが、夜更けると子供たちが腹をすかせるので、彼女は大半を残して置き、子供たちがせびると「何云ふねん、こらおかんのや」と云ひながらも分けてやり、または、その飾附けの出来あがつた櫛を十歳の少年である彼と共に大きな重い風呂敷包にして、大国町の問屋に運ぶ時の手だるさやら、そんな稼ぎものの彼女にも係らず、ある夜は鴉金屋《からすがねや》の親爺に罵《ののし》られて(彼が今にいたるまで鴉金の名称を忘れずにゐるとは何と云ふ因果なことであらう。それは朝貸出した金が夕方には利子をくはへて元の巣へ飛戻つて来る。――鴉のやうに、と云ふので、さう呼ばれてゐた。一円を借入れると、先づ十銭は天引、手取は九十銭であるが、その後一円の五歩の利息を加へて、八日間に返済しなければならぬ)彼女はしかたなく、片隅に積んであつた小便臭い家族たちの蒲団を頭にかついで外へ出て行くと、その頃流通してゐた十銭紙幣の油じみたのを持つて帰つて来たが、その夜の明け方の寒さやら、或はぐうたらな遊び好きの少年であつた彼が、尾上松之助の侠客物が見たくて、彼女に嘘をつき金をねだり、すると彼女はまた思ひ余つて、巻いてゐた帯を解いて絣《かすり》の前掛だけになり――帯は彼の入場料になつて、彼は活動写真に感激した余り、二階の上りつぱなの壁に、墨で以て、眇眼《すがめ》の尾上松之助の似顔絵を大きく書いたり――
 妙なもので、遠い以前の習慣を、足は忘れずにゐて思ひ出したものか、無意識にふと立ちどまり、そこで小説家がはつとして眼を転じるならば、ちやうど彼が生れて育つた家の、路地先まで来てゐるのであつた。雨にベタベタに濡れて光る浪花節《なにはぶし》のポスターが、床屋の表にぶらさがつてゐるが、その横を折れて二軒目がさうである。――この床屋も代が変つたであらう、彼はいつも小僧のために「虎刈」にされてゐた。今夜はもはや客がない
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