やにめかすのねえ」
おきよに云はれて、故もなくおしげは赤くなるのを感じた、さうか知ら、めかしているか知らと彼女は、意地の悪いおきよが、いくら磨かうたつて、下地《したじ》がいけないんだから、と嘲つてゐるやうな気がした。
「無理ないわ、十七だもの」
ふつと、彼女は下唇を出して笑つた。
「私、男みたいだつて、いつも母ちやんに云はれてるのよ、もつと、いい加減に大人らしくしたらいいぢやないかつて――」
「さうよ、もう大人よ、あんた――」
あら、と云つておしげはまた真赤になつた。汗が出るほどで、そつくり冷くなつてゐる手拭ひを取りあげたりした。
「ねえ、しげちやん、――私、あんたの肩を持つわ、しつかりおやりよ」
どちらかと云へば昔風の長めの顔をかしげて云ふのであった、おしげは黙つてゐた、わけが判らなかつた。
「――義姉《ねえ》さんに遠慮することなんかありやしない、そのうち、兄さんと相談してあんたの身の立つやうにしたげるわ、きつと」
お待ち遠さまと、あつらへの品を持つて来たので、おしげは、はつと狼狽したま[#「ま」に傍点]の悪さを辛うじて隠し得た、それ、あちらとおきよはボーイに云つて、自分は支那ソバを受け取り、おあがり、と箸を割つた。
おしげの胸はどきどきしてゐた、――この人はあのことを知つてゐたのか、しかし、まさか、と打ち消すのであつた、ちよつと疑ぐつてゐる位なのを、日頃にないやさしさで味方面《みかたづら》して一切を聞き出さうとしてゐるのではないか、その後に来るものが恐しい、油断してはならないと彼女はおのづと警戒した。
「すみませんが、お冷《ひや》を頂戴」
おしげは水を貰つて、トーストを食べた。
「――本当よ、あの義姉《ひと》の鼻をあかしてやりたいのさ、威張りかへつて胸くそが悪いつたらありやしない、お客と云ふお客はみんな自分の器量にひかされて来ると自惚《うぬぼ》れてるんだものねえ」
さう云ふおきよはどうだらう、とおしげはをかしくなつた、――きのふ朝飯の時、他の女たちに聞えよがしにだが、しげちやん、誰さんと誰さんとは私のお客だからとらないでね、とヒステリみたいに叫んだ、彼女こそ今でもお客は自分を目当にしてゐると思ひたがつてゐるのではないかと、おしげは、お相憎《あいにく》さま、ふふんだと肚の中で呟いた、だが、考へやうによつては、おきよが苛々《いらいら》してゐるのももつ
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