で陽を浴びてゐた。
「あなたが来るまでと思つてグリツプを閉ぢ込めておいたのよ。」
「どんな言葉を発したの?」
「グリツプから、それを聞くことにしませうよ!」
とフロラは微笑んで、卓子《テーブル》の上に鳥籠を置き換へた。
だが、待つても/\グリツプは決して発言しないのである。
「何うしたんだらう。今朝あたしが眼を醒すと、突然に言葉を発したのに……」
「で――お母さん達にさう云つたの?」
「いゝえ――。誰よりも先にあなたを驚ろかせてやらうと思つてゐたから……」
「――それにしても、一向何とも云はないではないか。――模範の言葉を示して見たら何うなの?」
それには答へずにフロラは、
「グリツプの声は、大変に太い声で、まるでブラツク・キングの寝言のやうに凄く、あたしは夢ではないか――と驚いたわ。」
「フロラ、それは夢だつたのだよ、あの物語をあまり熱心に音読した前夜《ゆうべ》の労《つか》れで――」
「あたし達は気づかなかつたけれど、昨夜音読の練習をしてゐた間中、グリツプはこの卓子の下で、聞いてゐたものと思はれるのね。――さつきは、炉台の上にとまつて、ちやんと、あたしの顔を見降してゐたわよ。閉され続けてゐた扉なんだから、今朝になつてグリツプが此処に忍び込むといふ筈は有り得なからう――」
「それはさうだ。――だが、もうグリツプは発言しても好さゝうなものだね。」
「では――若しあなたが学校へ行くまでの間にグリツプが発言しなかつたら――今夜は、あなたの部屋に鳥籠と一処に彼女を移して置かうではありませんか。未だ発音法に慣れない彼女は、不図したハズミでなければ発言出来ないのでせう。明日の朝お前は、屹度グリツプの言葉で、眼を醒すに相違ないでせうよ。」
そんなことを云ひながらフロラが鳥籠の扉を開けると、グリツプは床に飛び降りて羽ばたいた。そしてフロラが空の鳥籠をぶらさげて彼の部屋に行かうとすると、続いて廊下に歩き出したグリツプは二人の部屋の中間にある階段のところに来ると、あの奇妙に臆病気な、そして勿体振つた一足飛でのろのろと段を降つて行つた。――二人は何時になくグリツプの姿を好意を持つて見送りながら学生の部屋に引き返し、そこの窓台に鳥籠を置いた。
「グリツプだつて、朝御飯に降りて来たといふのに他の二人は何を愚図々々してゐるのだらう。――ハリヤツプ、ハリヤツプ。」
グリツプが食卓の片隅に、椅子をつたつてよぢのぼつてゐるのを眺めながらフロラの母親が、卓子を叩きながら、
「ヘンリー!」
と学生の異名を呼んだ。
「フロラが、未だ起き出て来ないのだつたら、遠慮なしに彼女の部屋の扉《ドア》を叩いてお呉れ、ブラツク・キングの夢にでも呪はれてゐるに違ひないのだから……」
フロラは、彼よりも先に起きてゐたにも関はらず未だ一度も階下へ降りなかつたと見える。
三
その晩は、学生の部屋で二人は新しいテキストを囲んで日本語の練習をした。グリツプは籠の中で眠つてゐた。
「アイウエオ・カキクケコ――五つの母音を第一行として、凡てゞ四十八文字が吾等の言葉の、アルフアベツトである。」
などと彼は説明した。物語がない為に以外な興味が涌かずに、規定の一時間で終了にして、
「お寝《やす》み、君の健やかな眠りを希望する。」
「お寝み、グリツプの声で――あなたが輝やかしい朝を迎へるであらうことを祈るよ。」
こんなことを云ひ合つて別れた。
それから彼は、自分の読書に耽つたり、ブラツク・キングのテキストで発音法を練習したり、体操を試みたり、また書棚の整理などをして事更に夜を更して、グリツプの声を待つたが一向応へがなかつた。
「馬鹿鸚鵡、何とか云つて見ろ。」
彼は、フロラと教へ合ふ時のやうに最も簡単な一句を飽かずに繰り返したが、さつぱり験が現れぬので癪にさはつて思はず、
「バカツ! ゴツデム!」などと叫んだ。
「ぢや、せめて、これでも覚えろ――バカ、バカ、バカ!」
一切不成功に終つて彼は、寝た。
翌朝彼は、目醒時計の気たゝましいベルで飛び起きた。あんなことで夜更しをしてしまつたので、無闇に眠かつたが、そのベルを夢うつゝで聞いた瞬間に――おや、グリツプの声かな! といふやうな夢で、起きあがつたのであるが、相変らずぼんやり止り木にとまつてゐる鳥を見出すと、眠さのあまり無性に遣瀬なくなつたりして、嗽ひの水を口にふくむと憎むべき鳥を眼がけて、その頭にポンプのやうに浴せてやつた。グリツプは、止り木から滑り落ちて仰山な羽ばたきを立て、翼を拡げたまま格子につかまつて憾めし気に此方を眺めてゐた。
「バカ――腹下しの丸薬を服《の》ませるぞ。」
彼は、鸚鵡の脚を手荒くねぢつたり、羽毛を※[#「てへん+毟」、第4水準2−78−12]つたりした。グリツプは鴉のやうな声をたてゝ苦悶した
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