。そして、それが破裂すると、飛びあがるまいとして囲炉裡のふちに獅噛みつくのだが、やはり、ぎよつと背中が無理に弾んで了ふほどの激しいクシヤミであつた。そんな弾みに逆らはうとして五体に止める力は、反つて窮屈な反動を呼んだ。
「アツ!」
と俺は思はず叫んだ。太吉の硝子眼玉が、勢ひ好く飛び出して、爛々たる焔の上に落ちたのである。これを彼は懸念して、クシヤミが破裂する毎に異様な力を込めながら震へてゐたのだ。
「アツ、眼玉が落ちてしまつた、ああああ!」
俺はおろおろして火箸を取るのであつたが、俺の騒ぎで初めてそれと気づいた太吉は、
「火箸はいけないいけない!」
と夢中で俺の腕をおさへた。なるほど人さし指位の太さで、二尺あまりの長さであらう鉄の火箸では、この上もなく危険だ。太吉は、とるものもとりあへず先づ黒の色眼鏡をかけた。彼は、そんな不体裁な眼玉を関はずに容れてゐる癖に、一方に変なはにかみやであつて、何んな切端詰つた場合にも眼玉の脱された眼窩を決して他人には示さなかつた。――彼は窓を閉めた。跣足で土間に飛び降りると、入口の扉に閂を入れた。そんな用意などは何うでも好ささうなものなのに、そんな大事をとつた後に、膳棚から箸箱を探した。そして、杉箸の先を操つて眼玉を拾はうとするのであるが、一向に見当が定まらぬのである。箸は、赤い火を突くばかりなのであつた。驚きの発作で、クシヤミは止つてゐた。眼玉は、火の中で真ツ赤であつた。彼の箸は炎へはじめてゐた。勿論、俺も箸をとつて手伝つてゐるのだが、俺の箸の先が近づくと何故か太吉の箸は切りとそれを横に払つて邪魔するのである。彼は、照れてゐるやうであつた。――間もなく、ぎんなんの実がハネたやうな音がした。
「太吉さん、居たかね?」
窓の外で久良の声だつた。太吉の情婦であつた。久良は、いつも窓から覗いた。月の光りを受けると、義眼がほんもののやうに光るのを太吉は承知してゐたのだ。
太吉は俺の顔を見て、手を振り、掌で口をおさへた。俺は唇を噛んで、息を殺した。太吉は、そつと腕を伸ばして、ただでさへ暗過ぎたラムプの芯を極度に細めた。――消えてしまつた。
普段太吉は、久良に会ふ時にだけ容れ換へる二円五十銭のものを手文庫に蔵して棚にあげてあつたが、四五日前の晩に鼠に落された。久良は癇性の強い質で、五十残の眼玉の太吉とは会ふことが出来なかつた。怕れに戦か
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