いふ立派な目玉を所蔵してゐるといふが、それはほんたうかね? まつたく太吉の右の眼は偉く優しい色男の眼だ。あれが若しも二つそろつてゐたひには、お久良が惚れるのも当り前だが、嘘だらう、そんなに巧者な目玉なんて、いくら今時とは云ふもの何処へあつらへたつて出来る筈のものではないぜ。あの優しい目がそろつたら俺も兜を脱ぐが。どうもお久良は太吉の片目に瞞されてゐるとよりは思はれぬのだがね……?」
「…………」
 俺は、余ほど、太吉の上等の眼玉を今ここに持つてゐるんだぞ――とおどかしてやらうかと思つたが、第八の極まりもない陰険な性格を思ひ出して、素知らぬ風を装つた。うつかりそんなものを見せでもすれば、過失を装うて石の上にでも取り落す位ゐのことは第八にとつては朝飯前だ。太吉が、なるべくそれを普段に使用しなかつたのは、左様な意地悪る連の悪戯を怕れたからだ。太吉は、やがて水車小屋と運送屋で資金を拵へて、一日も速かに怒山の里を見棄てる決心だつた。他国へ赴いて、あの眼を用ひてゐる限りは誰もそれを義眼と疑ふ筈もないのだ。怒山の者共は、わけても片目の人を軽蔑するのが風習だつた。
「ねえ、そんなものはありはせんだらうがな?」
 第八は仲々執拗だつた。
「ツアイス製などには相当のものがあるさうだが、色を合せるのが厄介でね……」
 俺は空呆けるより他はなかつた。
「何だい、それは?」
 第八は、それでももう不安さうに膝を乗り出した。
「東京の医療具店へ当人が赴いて、研究すれば、それこそ肉眼と寸分違はぬものを容れることは出来るのさ。然し、俺は太吉の右の眼の色も形も十分知つてゐるから、近いうちに取り計らつてやらうと考へてゐるのさ。」
 もともと太吉のそれは俺の計らひで、何時壊れても代金さへ差支へなければ間違ひなく取り寄せられてゐたのだ。
 すると第八は鼻と眼の間に深い皺を寄せて、
「止せ止せ!」
 と、つまらなさうにはき出した。「余計な世話を焼くものぢやないさ。わしや、ほんたうに君の料簡が解らんのだよ。前々から云はうと思つてゐたんだがな……」
 こんな山の天辺だといふのに第八は、何かに気兼する風に俺の耳に、悪臭を含んだ口を寄せた。俺は、思はず鼻をつまんだ。――「太吉を君は一体何う思つてゐるのか知らないが、奴はあれだけ君の世話になつてゐるくせに、わしのうちなどに来て酒に喰ひ酔ふと、徹頭徹尾君の雑言だよ。云は
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