ふことなしに、くしやんくしやんと、ハネツルベのやうに悠々と胴仲を折り曲げては、柿の葉がくるくると舞つてゐる窓の外へ上半身を乗り出してゐた。
「あんな喧嘩をしては帰るわけにもゆくまいね……」
 俺が久良の上を案ずると、太吉も久良も俺が町から戻るまでは、到底二人で夜を共にすることは適はぬと萎れるだけだつた。俺が、屋根裏の寝室へ引きあげようとすると、久良は弁当をつくり終るまで待つて呉れと慌てるのであつた。
 俺には、寧ろ太吉と久良の感情の状態が察知し難かつた。
 いつものやうに久良は俺に送られて、風の吹きまくる畦道へ出た。翌朝は、雨でも出発することを更に俺は久良に約して橋のたもとで見送つた。水の上を巻いて来る風の音に交つて、太吉のクシヤミの響きが未だ続いてゐた。小屋のラムプは消えてゐたが、窓の中で餅を搗くやうな激しいお辞儀を繰り返してゐた太吉の姿が、白けた夜気の中にうつツてゐた。

     四

 町で用達を済すと、もう夜だつたので郵便局へは廻れなかつた。どこに泊らうかしら? と俺は、停車場のベンチで目をつむつた。台の宿を廻らずに、俺は山径ばかりを一気に駆け抜けたので半分の道程で町に着き、幸ひ天気は麗らかだつた。――海辺に旅人宿をさがした。水筒には、久良が詰めた酒がそのまま口もつけずに重かつた。
 沖の潮鳴りが高かつた。濤声が激しく雨戸を打ち、やがて雨だつた。俺の眠りは、山村も海辺も容易かつた。
 郵便局から小箱を抱へて走り出ると、不図鍋川第八に出遇つた。台の茶屋の亭主なのだ。俺が顔を反向けようとすると、
「これから山へお帰りかね。恰度好いところだから伴れにならうぢやないか。」
 と、彼は珍らしく愛想が好かつた。
「酒代は幾ら溜つてゐたかね。今、半分だけ払つて……」
 太吉が、久良のいきさつで彼の店へ赴き、自暴的に飲んだ酒代が溜つて、かねがね第八は居催足だつた。
「お前さんの責任ぢやあるまいし、まあ、そんな心配は無用としておかうよ、今日のところだけは……」
「彼が払へなかつたのは僕の責任なのさ。君も御承知の通り暫く僕は彼に給料が渡せなかつたのだからね。」
「お久良が、わしの店に来ることになつたら遊びに来て呉れるかね。」
「久良はもう太吉と結婚してゐるんぢやないか、給料の代りにあの水車小屋を俺は二人に譲り渡して、間もなく東京へ戻るんだ。」
 北山駅で俺達は汽車を降りた。こ
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