に現れると皆な、悪意のない軽蔑の眼で彼を見物したがるのだ。――止せば好いのに、彼は木村達に誘はれるとふら/\と伴いて来るのだつた。
「教へてもいゝけれど……」彼は涙が胸に溢れるやうな切なさを感じた。(もう明日からは何と云つても来るものか、畜生奴、馬鹿にしてゐやアがる! 手前達のやうな野蛮な人種とは違ふんだ。俺は瞑想的な詩人なんだ。斯んな馬鹿/\しい遊戯に心を奪はれるやうな安ツぽい男ぢやないんだ。)彼は唇を噛んでそんなことを胸のうちで呟いだ。
「そんな負け惜みを云はないで、もう少し熱心に練習しなさいよ。……ほら御覧なさい、あんなに不器用な加藤さんだつて、あんなに巧くなつたぢやありませんか。」
 百合子が指差した方を純吉が眺めると、加藤は両腕を翼のやうに延して、軽々と回転してゐた。選手《チヤンピオン》の木村は、左手を軽く腰のあたりに当てがつて口笛を吹きながら逆行してゐた。宮部は左右の脚を交互に入れ違ふ行き方で、純吉の前を通つた時「どうだ、巧いだらう、一処に伴いて来いよ。」と叫んだ。
「木村さん!」と百合子は叫んだ。「妾の手を執つて頂戴よ。」
 百合子は木村の後を追ひかけて行つた。純吉は、わけもなくほツとして、星が一杯輝いてゐる窓外の空を見あげた。
(斯んな時に、沁々とした孤独に浸らう、そして印象的な詩を作つてやらう。)
 純吉は、そんなことを思つて静かに眼を閉ぢたが、何の「詩的な霊感」も浮ばなかつた。驢馬の耳のやうに鈍重な神経ばかりが、執拗に嫉妬深く百合子の姿を追ひかけたり、光りのない未来の空漠が不安な雲となつて五体を覆ひ包んだりするばかりだつた。
 スケートの音が遠雷のやうに響いたり、また純吉の眼近く崇大なオーケストラのやうに渦巻いてゐた。純吉は、影のない夢見心地でぼんやりと眼を視開いてゐるばかりだつた。
「大さう六ヶ敷い顔をしてゐるな。」
 宮部は、純吉を浮きたゝせてゞもやるらしい心意《こころ》で、そんなことを口走つて彼の前をかすめ通つた。
「やれよ/\。」続けて加藤の声もした。
「俺ばかり百合子さんを教へてゐるんぢやテレるよ。」木村は、純吉の耳にそつと囁いで滑つて行つた。
「少し勢ひをつけると、片方の脚だけで一週出来さうだわ。」
 百合子は歌劇女優のやうに、わざとらしく脚を挙げて走つてゐた。
(俺だつて出来ないこともあるまい。)皆なの注目が反れた時、純吉はそんなに
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