眦《まなじり》が薄ら甘く熱くなるのを感じた。
「親爺は……親爺は……」この俺の酔ひ振りがいけないんだ、これが失策のもとなんだ――さう気附けば気附く程、彼の上づツた酔の愚かな感傷はゼンマイ仕掛けのやうに無神経にとびあがつた。
「親爺は馬鹿だア!」
女は、居たゝまれなささうな格好で凝《ぢつ》と膝を視詰めた。
「俺は親爺の真似はしねえぞう。」と彼は更に口を歪めて叫んだ。だが、さう云ふと同時に心の隅が極めて静かに――おツと、これは云ひ過ぎた。御免々々、あつぱれな口は利けぬ、――などと呟きながら、そしてたゞイイ加減に――まア、いゝさいゝさ――と誰の為ともなく吻ツとした。
「おい、よせ/\、解つてる/\。」彼の父は手を挙げて彼を制した。
「解つてゐればこそ、か。」彼は自分でもわけの解らぬ独言を、憎々しく洩した。――父は一寸、心から気持の悪さうな表情をした。
だが直ぐに気持を取り直して、話頭を転じさせるやうに、
「貴様の子、俺の孫には、何といふ名前をつけようかね。」と云つた。彼は、救はれた気がしたには違ひなかつたが、そんなに想像を楽しむと云つた風な言葉を、嘗て父の口から聞いた試しがなかつたので、擽つたく情けなかつた。で、ぶつきら棒に、
「だつて男か女かも解らないし――」と手前勝手な不平顔を示した。
「多分男だよ。尤も俺は両方考へてゐる。」
彼の心は、容易くほぐれた。
「嘘だア!」彼は、女が親しい友達に厭がらせでも云ふやうに、狡猾にへつらつた。
「いゝえ、此間うちからいつもそんなことを云つてゐらつしやるんですよ。」と女が傍から加勢して、一寸彼の父をテレさせた。
「何でも家ぢや長男には英の字をつけなければいけないんだつてさ。」父は、軽く慌てゝ、それでもう孫を男と決めて、ごまかさうと試みた。
「阿父さんはしきたり[#「しきたり」に傍点]が大嫌ひなんでせう。」
「此頃、少し俺もかつぎ[#「かつぎ」に傍点]家になつた。」
「第一阿父さんや僕は、長男だが英ぢやないぜ。」
「英の字をつけないと碌な者にならないんだつてさ。」さう云つて彼の父は、彼の顔を見た。――そして二人は思はず噴き出した。
「さう云つて見れば弟の方が僕より質が好ささうだね、学校なども何時も優等で――」
「さうだなア、ともかく今度は間違ひなく英の字を付けようぜ。」
「さうしようかね。」彼もその方が好ささうな気がした。「おぢ
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