笑ひ顔で彼と女とを等分に眺めた。
「貴様は幾つだ?」
「二十七だ。」
「未だ二十七か。」
「阿父さんは空つとぼけるから厭になつちまふ。」
「だが、二十七は……一寸早えな!」
「僕も内心大いに参つてゐる。」彼はさう云つて、安ツぽく首を縮めてにやにやと如何にも愚かし気な苦笑を浮べた。
「尤も貴様が生れた時は俺は、何でも二十……」
「えゝ、と?」
 彼は眼をつむつて額を天井に向けた。五十一から二十七を引くと幾つ残るか? を考へたのだが、容易にその答へが見出せなかつた。
「二十――二三だらうよ。」
「随分早えな! ハッハッハ。」
 彼は、今更の如く軽い心易さを覚えて、音声だけ景気好く笑つた。――尤も斯ういふ調子にならなければ、この家の変に乱れた空気と調和しないので彼は殊更に甘い粗暴を振舞つてゐるのだつた。親爺はともかく倅の態度が、それにしても過ぎたることを思ふと、これは決して他人には見せられない光景だ――と彼は思ふのだつた。初めのうちは彼達の対談をはた[#「はた」に傍点]の女達も不思議さうに眺めたが、今では逆に慣々しくなつてゐた。おそらく彼の母は、他所で彼等が斯んな振舞ひをしてゐるとは想ひも及ばなかつたに違ひない。
「この頃俺は毎晩毎晩酒にばかし酔つてゐて自分の仕事は何もしない。これぢやどうもいけない。皆なは俺が東京に居るうちはとても仕様のない暮しばかりしてゐたやうに思つてゐるが、この頃みたいに斯んなにだらしがなくはなかつた。第一酒などをそんなに飲まなかつた――」
 ふと彼はそんなことを口走つた。少々怪しくなつて来たぞ――彼は自分をさう思つた。
「皆な親爺が悪いから、といふわけかね。止せよう。」
「阿父さんも仲々厭味を云ふことが上手になつた。」
 頭の鈍い父と息子は、こゝでさもさも可笑しさうにゲラゲラと笑つた。
「だつて――」と父は笑ひが止まると、一寸白々し気に云つた。「貴様は今は仕事がないんぢやないか。夏あたりから例の会社に出る筈なんだから、まアもう暫く遊べ/\。」
「あゝ、さうだね。」と彼は軽く点頭《うなづ》いた。彼が心では、どんなことに没頭してゐるのか? まして文学に思ひを馳せてゐるなんてことは父は少しも知らなかつた。――下らねえ月給取りなんて止せ止せ、それよりも近く俺が材木会社を初める筈だから、そこに勤めろ――常々父はさう云つて、そんなことでは励まされない彼を励まし
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