「何うしたと云ふんだい。」――「ちえツ、馬鹿だな。」
 わけもなく、哄笑と一処に、四人の者は手を執り合つたり肩を突いたりした、たゞ、それが久し振りに出会つた挨拶の代りであつたらしい。――見ると遠来の友達等は、登山家のいでたちで皆な夫々はち切れさうなリユツク・サツクを背中につけてゐた。――昂奮して、とりとめもない乱暴な言葉を喚き会ひながら四人横隊になつて腕を執つたり肩を組んだりして石段を上つた。
「これで一先づ山を極めたといふわけなんだよ。――ブラボー。」
「旗を持つて来たぞ。朝になつたら掲旗式を行ふんだぜ。」
「守夫――お前にはラツパ吹きを任命する。」
 何うも調子が高過ぎると思ふと、皆なは道々ビールのラツパ飲みをしながらやつて来たのだなどと気焔を挙げた。
「お前が東京へ行くんなら、この家を俺達に引き渡せ。俺達が入つてしまへば、たゝき壊されるまでは動きつこはないんだから。」
「俺達はこゝを陣営にして、ロビン・フツド生活を営む決心でやつて来たんだ。」
「竹下と村井は、生活と芸術に就いてさんざんに悩んだ上句、自分達の芸術の樹立を念じて、生活は最も原始的に、バアバリステイクに片づけて――ネオ・ローマン派の道を進まうといふ決心なんだよ。東京では今のところ、単に生活に追はれるだけで、自分の仕事を盛りたてようとする予猶が見出せないといふんだ。俺も二人の意見に賛成した――プラトンの体系に依る共和国をつくつて……」
 武一の云ふところに依ると、竹下も村井も、そして自分も、あまりに豊かな理想にもえて出かけて来たのだから口では説明しきれない、だが、恰も今宵は、武者修業の首途《かどで》にのぼつたジーグフリードが、先づ森の鍛冶屋を訪れて、剣を打ちはぢめた意気である――といふのであつた。
「で――武一、君は?」
「俺は東京の仕事さへ見つかれば、此方からでも通ふけれど――まあ、そんな話は後にして呉れ。」
 武一は滝本と同窓の理科出で、滝本と同じように未だはつきりと専門も見つからなかつたが、多分のプラトン的傾向も有つてゐた。
「それに俺には、やつぱし自分の手で片づけなければならない家の仕末もあるし――だが今度こそは愚図/\してはゐないよ。もう、一切の感情は卒業してしまつたから、ロビンの荒療治で退治てしまふ。何れプロツトに就いては守夫の頭も借りるだらう。……お前のオート・バイは使へるか?」
「あゝ、ガソリンさへあれば――」
「うち[#「うち」に傍点]のタイキはゐるか知ら?」
 森は自家の馬のことを訊ねた。
「お百合の話に依ると塚田村の篠谷に預けられてゐるさうだよ。」
「よしツ――掠奪してやる。――おい、竹下、篠谷といふのは業慾な金貸者なんだよ。」
「俺はその男から金を借りたいな。」
 竹下が、嗤ひながらそんなことを云つたのに武一は耳も借さず、
「ロープやテントなどは守夫のところにあつたな。こいつ登山なんてしたこともないんだが――皆な巧みに利用するぞ。」
 と花やかに独りで点頭いてゐた。
 事々が、話題が、突飛過ぎて滝本はいろいろと我点が行かなかつたが、久し振りで友達に会つたことの面白さに恍惚としてゐた。そして伴れ戻されて行つた百合子の話などをした後に、
「敷き放しになつてゐた俺の寝床を見て、堀口が物凄い表情をした時には、少々参つたね。泊つたといふことで、すつかり逞しい想像を回らせてゐるのは、あんまりデカダン過ぎると思ふんだよ。」
 などと云ふと、村井と竹下が神妙に眼を視張つて、
「それあ愉快だ。ギツクリとしたであらう堀口といふ男の衝動を想像すると、何となく好い気味ではないか。」
「然し、それは空しいエロ風景だな。」
 と叫んだりした。
 武一は、あかくなつて話頭を転じた。
「村井は小説よりも寧ろ鉄砲の方が巧いと自慢してゐるし、竹下の腕力は三人前なんだ。そんなことが、悉く、お伽噺の中のチヤムピオンのやうに現実で役に立つといふことになつてゐるんだ。守夫と俺は、田園の、かくれたるスポーツ・マンだし……」
「然も俺は料理の名人だ。」
 と竹下が鼻を高くした。「下宿を追つ払はれた村井と失業者の森を、俺のアパートで今日までちやんと、この腕で養つて来たんだからな!」
「これからは瓦斯や水道を止められる心配はないから、いくらでも腕は揮へるだらう。」
 三人ともいよ/\行き所がなくなつたので、皆なの持物を一切売り尽した上句、これだけの仕度を整へて出発して来たのだ、若し此処が不首尾であつたらキヤムプを続けるつもりだつた――といふことを村井が滝本に説明したりした。――滝本は、凡ゆる生活上の難儀をものともせずに踏み超えて、ひたすら自分の芸術の道に生きようとしてゐる竹下や村井の情熱と自信を尊く思つた。
 今夜限り――などと約して、ビールの乾盃を続けながら、レコードをかけて男同士で踊つ
前へ 次へ
全27ページ中7ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
牧野 信一 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング