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蔵の中には、様々な鳥類や獣の剥製が何十個ともなく彼方此方の棚や長持や鎧櫃の上などに処関はず置き並べてあつた。それらのコレクシヨンは百合子等の父親の青年時分からの丹精である。森氏は自家に飼つた動物が斃れると、その姿を剥製にして保存するのが習慣だつた。
鎧櫃の上で、翼を拡げてゐる大鷲は、裏籔の巴旦杏の梢で森氏が十年ばかり前に生捕りにしたものである。大鷲は青大将と格闘して気絶したところを捕獲されて、築山の亭に久しい間飼はれてゐたことを滝本は憶えてゐるが、何時死んだのかは知らなかつた。大黒柱の蔭にたゝずむでゐる一番ひの丹頂は、これは未だに庭先に遊んでゐるのかとばかり滝本は思つてゐたのに、何時の間にか剥製になつてゐた。塀を乗り越へて鶴の舎の傍らに隠れてゐたが、今が今迄滝本はその舎が空屋であつたといふことは知らなかつた。長持の上には何時か武一が飼つたことのある大木兎や、太一郎に打たれたネープの仲間達、それから滝本が、いわれ[#「いわれ」に傍点]を知らぬ一頭の狐が、野兎、山鳥、家鴨、その他様々な家畜頬と無茶苦茶に雑居してゐる。滝本にとても深くなついてゐたセントバーナードの「ジヤツキ」が大きな花瓶の傍らに立つてゐた。滝本は、立ちどまつて思はずジヤツキの頭に手を触れずには居られなかつた。また傍らの鶯の籠をのぞいて見ると、その中には百合子達の亡くなつた母のペツトであつた「タチバナ」が、杖から技へ飛び降りようと身構へてゐた。百合子が子供の頃に飼つた悪戯鸚鵡の「ミンミー」が鹿の角の刀掛けにとまつてゐるかと思ふと、古典版のブリタニカの書棚の前では印度産の大孔雀が、見事に翼を拡げてゐた。これは嘗て森氏が友達の海軍将校から贈られたもので、村に着いた当座は見物人が群がり寄せて大変な騒ぎであつた。
それらの物体の影が、百合子の揺り動かす雪洞に伴れて伸びたり縮んだりした。さうかと思ふと、斯んな金目にならぬガラクタには眼も呉れずに踏み越へて行く夜盗達が、懐中電灯をピカ/\と振り回しながら脚元を照らしたり、隅々を見とゞけたりする毎に、それらの動物が闇の中から稲妻を浴びて飛び出すかのやうに映つた。――彼等は、二階から三階へおし上つて今日こそは最も運び出し憎い重荷を持出さうと決めたのである。
滝本は階段の昇り口で見栄を切つてゐる仁王の像の傍らから、手にする電気の光りを放ちながら動物達の躍動する影を
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