。
スキーと云へば、さつきヘレンが泳ぎとスキーに就いて経験があるとG氏に云ふと、G氏は、おゝ自分は未だそれらの運動状態の標本も撮つてなかつた、それを頼むと云つて、本物のスキーを穿かせられて、幾通りもの姿勢や、また台の上に載せられて、水泳のポーズも撮られたところである――とヘレンは附け加へた。
宇宙万有の真髄に向つて、学究の力をもつて、その神秘と闘はうとするのが念願であるG氏であるが、何うして斯うまで深く人体のことばかりに拘泥してゐるのだらうか、近いうちに質問して見なければならない――私が、フラフラとする脚どりでヘレンを抱きながら首をかしげた時、スクリーンの向方側のソフアで一休みしてゐたG氏が、
「ライト――」
と、技手に命じた。
灰白色の光線が私達の肉体を射透した。
「では、マキノ君、自由なポーズを示して呉れ給へ。」
G氏は私に呼びかけた。――いつの間にか私の「迷魂」の酔は醒めかゝつてゐたが私は、もうこれで当分G氏とも名残りか! などと思ひながら、
「オーライ、サー。」
と答へると、光茫の圏内を手を振り脚を挙げしながらグルグルと歩きまはつたり、四ツん這ひになつてヘレンに飛びついたりした。
すると、前夜の酒場の場合と全く同様なランプの幻が私の眼蓋の裏にあり/\と浮びあがつて来た。
底本:「牧野信一全集第四巻」筑摩書房
2002(平成14)年6月20日初版第1刷発行
底本の親本:「小説 第二輯」芝書店
1932(昭和7)年5月10日発行
初出:「文藝春秋」文藝春秋社
1931(昭和6)年2月1日発行
入力:宮元淳一
校正:門田裕志
2009年12月9日作成
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