闘! 私は、実に見事に豪傑連を手玉にとつてしまふ――そのあたりから芝居は次第に佳境に入つて来るのであつたが、不図私が振り返ると、切りに映写機のハンドルを廻してゐるのが、映画の中で塚越の恋人に扮してゐる女優であることに気づいた。
「その時の貴方は、あんなに強く頼もしく塚越さんに思はれたんですつて……」
 と女優が私に話しかけたりした。
「彼女は君の恋人なのか?」
 と私はそつと塚越にささやいた。
「そんなことはない――」
 塚越は寂しさうに首を振つた。「然しこの写真を見てゐる間だけは、丁度自分で書いたあの手紙に自分が満足した時のやうな何とも名状しがたい満足を覚えないでもない。」
 塚越と私が酷く神妙な調子でそんなことを囁き合ふてゐると急に部屋の中にどや/\と大勢の若者が入つて来て、
「塚越さんの思ひ出に花が咲いた!」とか「ブラボー/\。」とか「塚越さんのために祝盃だ。」などゝ塚越と女優と、そして私をとりまいて喚きたてた。
 パツと明るくなつたので私がキョロ/\と彼等の顔を眺めると、今、映画の中で別の名前で塚越や私や伊達やその他に扮してゐた元気の好い俳優達であつた。そして彼等の花やかな騒ぎを見てゐるうちに私は、やはり女優は塚越の恋人であるらしいと思つた。
 その後間もなく私は、塚越から女優との結婚に就いての意志を報ずる手紙を貰つた。その手紙の中には、「不幸なる晩婚者が――」などゝいふ熱烈な文字があつた。



底本:「牧野信一全集第四巻」筑摩書房
   2002(平成14)年6月20日初版第1刷発行
底本の親本:「若草 第七巻第四号」宝文館
   1931(昭和6)年4月1日発行
初出:「若草 第七巻第四号」宝文館
   1931(昭和6)年4月1日発行
入力:宮元淳一
校正:門田裕志
2010年1月17日作成
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