ゐたが、やがて、一枚宛銀貨を数へながら、
「今、二千円の釣を持つて来るからね。」
「釣りなんて、いらないよ。」
「いよう、豪勢だな――えゝ毎度有りがたう。」
守吉は同志を促して引きあげて行つた。
枝原と進藤が定めし待ち佗びてゐることだらうと思ふと私は、急に、夢から醒めたやうに立ちあがつたが、長い時間を斯んなことで過してしまつたことが、言ひわけの仕ようもなく気恥しかつた。――秋らしい澄明な空は、いつの間にかすつかり暮れて森の上にはきらびやかなアンドロメダ星雲が瞬いて、牡牛星に導かれた「七人の花嫁」が微かに流星の彼方に光りはじめてゐた。それはさうと、流れ星が恰で降るやうだ――と私は、驚いて眼を視張つたら、それは集合の合図に挙げられる上の空地からの花火であつた。いつもは、たゞ音のするだけの花火であつたが、今日の空には、五色の玉や、滝のやうな流星が、止め度もなく打ち挙げられてゐた。それらの花火を私は、秋空の星雲と見紛ふたらしい。未だ未だ「七人の花嫁」の現れる候でもないのに、赤、青、黄と、あまりに眼ぢかく花嫁の行列が明滅するかと思へば、滝のやうに降りかゝる流星花火の翼が蝎となつて鋏を伸ばし、天秤の座に傾くと、狐や猟犬や蛇遣ひが雪崩れをうつて花嫁の後を追ひかけるのだ。そして、追ひ詰められた牡牛は、恰もさつき守吉の鋏にかかつて天秤座に衝突する私の軍兵を思はせて、大空に踊りながら見る間に馘られた。その間を見はからつて、太鼓が、カンカンと鳴り渡つた。新しい太鼓の音であることは直ぐと私にも悟られた。
太鼓打ちをとりまいた七八人の浪士が、手に手に流星花火の筒をささげて、間断もなく挙げつづけてゐたのであるから、崖下の私に星雲の怪を想像させたのも無理もない。彼等は、太鼓を打ち烽火をあげて同志を糾合してゐるのであつた。
そして、その傍らを脚速く素通りしようとする私の姿を認めるや――ばんざあい! といふ凱歌といつしよに、私の脚並みに合せて太鼓が鳴り出し、花火の吹雪が目眩くばかりに降りかゝつた。
「ああ、面白い面白い!」
私は、きらびやかな凱歌に送られて恍惚としながら軍勢の間を通り抜けて、銅像の裏へ降り、山門を抜けた。
見ると真向きの居酒屋の障子に、進藤と枝原のシルエツトが鮮かに映つて、二人は大分に酩酊したらしく、互に腕を突き出したり、胸を張つたりして、会話のやりとりにさかんであるらし
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